日食撮影用のフィルターは、「NDフィルター」があれば申し分ない。ただ、いろいろなネットショップで探してもすべて売り切れ、さて、どうしたものかと思案していたが、昨日の写真塾での講義・実習をヒントに、あり合わせの材料で自作してみた。
ペーパープレートを四枚重ねて中央に長方形の穴を開け、その間に太陽観察用グラスを挟み込んで作成してみた。使用するレンズは300ミリの望遠レンズ、それを使って撮影できたとしても、3ミリ程度の大きさにしか写らないそうだ。
せっかく作っても、明朝の天気が問題だ。天気予報によれば、曇りがちということらしい。こうなったら、天に祈るしかない。
2012年05月20日
日食撮影用の自作フィルター
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗
第十二期神楽坂写真塾始まる
今年度は、何人かの塾生がそれぞれの事情で去り、新たに四名の塾生を迎えた。塾長の大橋富夫先生のお元気な姿を拝見すれば、こちらも新たな意欲がわいてくる。講師の北田英治先生も出席されて、第一回目の講座「天体を撮る」がスタートした。
二日後に金環日食があることから、撮影するうえでの注意点などを、プロジェクターを使って具体的に分かりやすく示していただいた。
その後、ビルの屋上に出て撮影実習を行った。そして、神楽坂の町を撮影しながら散策したあとは、懇親会へと続いていったのだった。
二日後に金環日食があることから、撮影するうえでの注意点などを、プロジェクターを使って具体的に分かりやすく示していただいた。
その後、ビルの屋上に出て撮影実習を行った。そして、神楽坂の町を撮影しながら散策したあとは、懇親会へと続いていったのだった。
posted by 里実福太朗 at 23:00| 里ふくろうの日乗
2012年05月19日
ポン太は縄張り防衛で大忙し
以前は、お気に入りの場所に行けば、ほぼ100パーセントの確率で、ポン太に会うことができた。ところが最近は、そこに行っても姿を見かけることはなく、その場に何時間かとどまっていると、やっとポン太が姿を見せるという状態が多くなっていた。
その日もそうだった。公園には昼過ぎに着いたけれど、もちろんポン太の姿は見えなかった。所在ない時の過ごし方は、自由ネコたちほどは慣れていないけれど、ある程度、要領は分かってきた。そのために、文庫本とか携帯ミュージックプレーヤを持参してきたのだ。ベンチに腰掛けて、音楽を聴き、本を読み、疲れたら、公園を行き来する人たちをボンヤリと眺めていればいいのだ、いつも、ポン太がしていたように。
どのくらい時間が過ぎただろうか、枯れ葉を踏みしめるかすかな音が聞こえた。振り返ると、ポン太が前方を注視しながら通り過ぎて行こうとしていた。
「ポン太」
と声を掛けると、歩みを止めた。もう一度、
「ポンちゃん」
と言うと、「ミャー」となきながら近づいてきた。
そして近く立っていたクイに体を何回もなすりつけた。ひとしきり親愛の情を示したあとは、丸くなって一休みすることもあるのだが、その時は違った。遠くを見つめるような表情をして、もうこちらの存在など忘れたように、一点を見つめながら急ぎ足で去って行った。
ポン太の視線の先には、見慣れないネコがいた。どうやらそのネコに狙いを定めたようだった。ネコにとっては得意技の忍び足で、身を低くしてそのネコに近づいていった。距離を詰めると、腰を落として草むらに潜み、攻撃するチャンスを狙った。
機は熟した。ポン太は線を引くように、全速力で敵に突進した。しかし狙い定めた相手のネコは、ポン太の攻撃をスルリとかわして、塀の上へと逃れてしまった。縄張りから出て行けば、それでよかったのだろう。ポン太は、それ以上深追いすることはなかった。
最近ポン太が、お気に入りの場所での「眺める生活」から遠ざかっていたのは、自分の縄張りを守ることで忙しかったからなのかもしれない。
その日もそうだった。公園には昼過ぎに着いたけれど、もちろんポン太の姿は見えなかった。所在ない時の過ごし方は、自由ネコたちほどは慣れていないけれど、ある程度、要領は分かってきた。そのために、文庫本とか携帯ミュージックプレーヤを持参してきたのだ。ベンチに腰掛けて、音楽を聴き、本を読み、疲れたら、公園を行き来する人たちをボンヤリと眺めていればいいのだ、いつも、ポン太がしていたように。
どのくらい時間が過ぎただろうか、枯れ葉を踏みしめるかすかな音が聞こえた。振り返ると、ポン太が前方を注視しながら通り過ぎて行こうとしていた。
「ポン太」
と声を掛けると、歩みを止めた。もう一度、
「ポンちゃん」
と言うと、「ミャー」となきながら近づいてきた。
そして近く立っていたクイに体を何回もなすりつけた。ひとしきり親愛の情を示したあとは、丸くなって一休みすることもあるのだが、その時は違った。遠くを見つめるような表情をして、もうこちらの存在など忘れたように、一点を見つめながら急ぎ足で去って行った。
ポン太の視線の先には、見慣れないネコがいた。どうやらそのネコに狙いを定めたようだった。ネコにとっては得意技の忍び足で、身を低くしてそのネコに近づいていった。距離を詰めると、腰を落として草むらに潜み、攻撃するチャンスを狙った。
機は熟した。ポン太は線を引くように、全速力で敵に突進した。しかし狙い定めた相手のネコは、ポン太の攻撃をスルリとかわして、塀の上へと逃れてしまった。縄張りから出て行けば、それでよかったのだろう。ポン太は、それ以上深追いすることはなかった。
最近ポン太が、お気に入りの場所での「眺める生活」から遠ざかっていたのは、自分の縄張りを守ることで忙しかったからなのかもしれない。
posted by 里実福太朗 at 02:28| 里ふくろうの日乗
2012年05月18日
どうしてこうなったんだろう
自動車税を振込みに行く途中で、交通事故を目撃した。中央分離帯にまたがった車は、左前輪が分離帯の左にあり、右前輪は右側、後輪は両方とも右側にあるという不自然な状態になっていた。
つまり前輪をのぞいて、車体のほとんどは向かって右側の車線に残っていた。ところが車の向きからすると、右側は反対車線にあたる。どのように運転すれば、こんな不可思議な状態にすることができるのだろう。
この事故に巻き込まれた車はない模様だった。車の背後に回って、なにやら確認しているドライバーにも怪我はなかったようだ。
つまり前輪をのぞいて、車体のほとんどは向かって右側の車線に残っていた。ところが車の向きからすると、右側は反対車線にあたる。どのように運転すれば、こんな不可思議な状態にすることができるのだろう。
この事故に巻き込まれた車はない模様だった。車の背後に回って、なにやら確認しているドライバーにも怪我はなかったようだ。
posted by 里実福太朗 at 23:58| 里ふくろうの日乗
ミカンの花が咲いた
今日のお昼過ぎ、一天にわかにかき曇り、雨が降り出し、雷が鳴り始めた。停電にもなった。今日の深夜2時過ぎ頃にも同じような状態が発生して、またもや竜巻襲来かと、外の様子に耳をそばだてて注意をはらっていたところ、幸いにして嵐はほどなく過ぎ去っていった。上空に冷気が入り込むと、こういった不穏な気象状態になるそうだ。
通り嵐が千葉県沖に抜けた後、庭に下りてゴーヤの状態を確かめていた時、ミカンの枝に白いものがついているのを見つけた。花だった。一般的に、5月上旬に咲くと言われているが、今日はもう18日、ミカンの開花も遅れているようだ。
去年は、花は咲いたが「みのひとつだに」ないということになってしまった。今年は、一つくらいは収穫できるといいのだが…
通り嵐が千葉県沖に抜けた後、庭に下りてゴーヤの状態を確かめていた時、ミカンの枝に白いものがついているのを見つけた。花だった。一般的に、5月上旬に咲くと言われているが、今日はもう18日、ミカンの開花も遅れているようだ。
去年は、花は咲いたが「みのひとつだに」ないということになってしまった。今年は、一つくらいは収穫できるといいのだが…
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗
2012年05月17日
太陽観察専用SUNGLASSと佐倉市での見え方
2012年5月21日が目前に迫ってきた。その日の朝、首都圏で金環日食が観察できるのだ。なにしろ、173年ぶりのことで、この地で見るのは、当方の存命中はもう無理らしい。
かなり前から、秋葉原の家電量販店のカメラ売り場で、太陽観察用のグラスが大々的に売り出されていた。またいつもの騒ぎすぎ、どうせ便乗商法だろうと高をくくって、手は出すまいと決めていた。
そもそも、日食を見るために、専用の観察グラスというものを必要とするという点が、どうにも疑わしく思われた。記憶の糸をたぐってみれば、子供のころにも日食を見る機会はあった。おぼろげな記憶によれば、その時は、ガラスの板にローソクの煤をつけて、それを太陽にかざして見た。日食の記録を調べてみると、そのころ東京で観察できたものとしては、以下の日付のものがあった。
1955年6月20日 13:01 〜 14:23
1957年4月30日 07:06 〜 08:45
1958年4月19日 11:31 〜 14:58
そういう体験があるから、観察用グラスを買い求める必要などはないだろうと思ったのだった。
その後、ネットは言うに及ばず、新聞・雑誌等にも日食関係の記事が日に日に増えてきた。そして、専用グラスを使わずに太陽を見ることの危険性が喧伝されるのに及び、ついに当方の心も折れて、先週末にネットで注文したのだった。会員登録してあったカメラメーカを経由して注文したところ、600円の割引価格で手に入れることができた。
【全国市町村別金環食・部分日食観測ガイド】
http://www.annulareclipse2012.com/
〔千葉県佐倉市の2012年5月21日の金環食予測〕
http://www.annulareclipse2012.com/chibaken_12212.html
上記ページによれば、佐倉市では、
『市役所付近での最大食は朝7時34分58秒頃。金環食継続時間は5分04秒程度。リングの均等度合いは90.4%前後と、真円のリングが楽しめる』
となっている。
日食開始時間:06:19:12
日食終了時間:09:03:30
かなり前から、秋葉原の家電量販店のカメラ売り場で、太陽観察用のグラスが大々的に売り出されていた。またいつもの騒ぎすぎ、どうせ便乗商法だろうと高をくくって、手は出すまいと決めていた。
そもそも、日食を見るために、専用の観察グラスというものを必要とするという点が、どうにも疑わしく思われた。記憶の糸をたぐってみれば、子供のころにも日食を見る機会はあった。おぼろげな記憶によれば、その時は、ガラスの板にローソクの煤をつけて、それを太陽にかざして見た。日食の記録を調べてみると、そのころ東京で観察できたものとしては、以下の日付のものがあった。
1955年6月20日 13:01 〜 14:23
1957年4月30日 07:06 〜 08:45
1958年4月19日 11:31 〜 14:58
そういう体験があるから、観察用グラスを買い求める必要などはないだろうと思ったのだった。
その後、ネットは言うに及ばず、新聞・雑誌等にも日食関係の記事が日に日に増えてきた。そして、専用グラスを使わずに太陽を見ることの危険性が喧伝されるのに及び、ついに当方の心も折れて、先週末にネットで注文したのだった。会員登録してあったカメラメーカを経由して注文したところ、600円の割引価格で手に入れることができた。
【全国市町村別金環食・部分日食観測ガイド】
http://www.annulareclipse2012.com/
〔千葉県佐倉市の2012年5月21日の金環食予測〕
http://www.annulareclipse2012.com/chibaken_12212.html
上記ページによれば、佐倉市では、
『市役所付近での最大食は朝7時34分58秒頃。金環食継続時間は5分04秒程度。リングの均等度合いは90.4%前後と、真円のリングが楽しめる』
となっている。
日食開始時間:06:19:12
日食終了時間:09:03:30
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗
2012年05月16日
カメラ用LEDライト
光量が足りない暗所で撮影するためには、絞りを開き、シャッタースピードを遅くして、感度(ISO値)を上げる、それでもダメならフラッシュをたくことになる。ただ、フラッシュは、被写体を大光量で一瞬だけ照らし出すため、どうしても不自然な感じになってしまう。
そこで、「カメラ用LEDライト」なるものを使ってみることにした。
光源:LED56個
電源:単三電池3本
カメラのホットシューに取り付け、明るさは無段階で調節できる。
ネコの夜間撮影用として使ってみようと思っているのだが、ライトの光を当てた時、ネコが怖がって逃げ出す可能性があるので、まずは慣れているポン太で試してみようと思っている。
とりあえず手近なもので試し撮りしてみたものを、以下に載せておく。ともに、左側がライト未使用、右側がライトを使用して撮影したものだ。
〔例1〕
絞り:f4.0
シャッタースピード:1/60秒
ISO:800
〔例2〕
絞り:f4.7
シャッタースピード:1/20秒
ISO:800
そこで、「カメラ用LEDライト」なるものを使ってみることにした。
光源:LED56個
電源:単三電池3本
カメラのホットシューに取り付け、明るさは無段階で調節できる。
ネコの夜間撮影用として使ってみようと思っているのだが、ライトの光を当てた時、ネコが怖がって逃げ出す可能性があるので、まずは慣れているポン太で試してみようと思っている。
とりあえず手近なもので試し撮りしてみたものを、以下に載せておく。ともに、左側がライト未使用、右側がライトを使用して撮影したものだ。
〔例1〕
絞り:f4.0
シャッタースピード:1/60秒
ISO:800
〔例2〕
絞り:f4.7
シャッタースピード:1/20秒
ISO:800
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗
2012年05月13日
有地訓写真展「BATANES」の続編「UYUGAN」
東京都写真美術館からの帰途、ちょっと寄り道をしてネコのポン太の顔を見て、それから神楽坂アユミギャラリーへ向かった。有地さんは、先日、写真展を催したばかりだというのに、もうその続編の写真展を開いたのだ。
当方も出品して、塾生十数人が参加したグループ展でさえも、その準備に多大なエネルギーを要した。まして個展となれば、想像を絶するエネルギーが必要となる。有地さんの前回の写真展の準備の日にうかがって、そのことを実感した。常人では、なかなかこういう芸当はできない。
今回の写真展「UYUGAN」は、前回の続編で、同じくフィリッピンの最北端の州「バタネス(Batanes)」を訪れた際、その州を構成する島の一つであるバタン島のオユガン(Uyugan)という村で撮影した写真が中心となっている。
(ツイッターより)
撮影地であるフィリピンのバタネス州については、以下の説明が分かりやすい。
『バタネス州はフィリピン最北の州であり、マニラより約860km、カガヤン州アパリより約280kmに位置する。台湾までは約190kmとルソン島よりも近い。面積209.3km2、人口約16,000人でともに国内最小の州である。州本島のバタン島(Batan Is.)、州最大の島イトバヤット島(Itbayat Is.)、サブタン島(Sabtang Is.)、その他の島々を含めたバタン諸島からなっている。州都はバタン島バスコ(Basco)、人口は約6,000人である。』
出典:Higuchi's Room
…http://www2b.biglobe.ne.jp/~mbx/philippines_tourism_batanes.html
展示されている作品の中で、特に心を奪われたのは、村に暮らす子供たちの屈託のない表情と、動物たちのおだやかなまなざしだった。今の日本では、子供たちに向かってカメラを構えるのもはばかられるが、写真の中の子供たちの人なつこそうな表情を見れば、オユガン村では、きっとそんなことはなかったのだろうと容易に想像がつく。もちろんそれは、撮影者の人柄によるところが大であることは、ことわるまでもない。
上記「Higuchi's Room」に記載されているバタネスへの行き方を見ると、おいそれと訪れることのできる場所ではなさそうだ。しかし、今、アユミギャラリーに行けば、バタン島オユガン村の子供たち、そして動物たちに会うことができるのだ。きっと、心いやされるひと時を、過ごすことができることだろう。
有地訓写真展「UYUGAN」は、5月16日(水)まで。
当方も出品して、塾生十数人が参加したグループ展でさえも、その準備に多大なエネルギーを要した。まして個展となれば、想像を絶するエネルギーが必要となる。有地さんの前回の写真展の準備の日にうかがって、そのことを実感した。常人では、なかなかこういう芸当はできない。
今回の写真展「UYUGAN」は、前回の続編で、同じくフィリッピンの最北端の州「バタネス(Batanes)」を訪れた際、その州を構成する島の一つであるバタン島のオユガン(Uyugan)という村で撮影した写真が中心となっている。
有地訓写真展「UYUGAN」|5.11〜16|11:00〜19:00アユミギャラリー|地下鉄東西線神楽坂駅@出口|フィリピン北方、台湾-ルソン島間にある小さな諸島バタネス。写真展「BATANES」続編。バタン島の村UYUGANの豊かな路地を中心に素朴でラブリーな写真を展示します。
— 有地 訓さん (@zerozerojp) 3月 14, 2012(ツイッターより)
撮影地であるフィリピンのバタネス州については、以下の説明が分かりやすい。
『バタネス州はフィリピン最北の州であり、マニラより約860km、カガヤン州アパリより約280kmに位置する。台湾までは約190kmとルソン島よりも近い。面積209.3km2、人口約16,000人でともに国内最小の州である。州本島のバタン島(Batan Is.)、州最大の島イトバヤット島(Itbayat Is.)、サブタン島(Sabtang Is.)、その他の島々を含めたバタン諸島からなっている。州都はバタン島バスコ(Basco)、人口は約6,000人である。』
出典:Higuchi's Room
…http://www2b.biglobe.ne.jp/~mbx/philippines_tourism_batanes.html
展示されている作品の中で、特に心を奪われたのは、村に暮らす子供たちの屈託のない表情と、動物たちのおだやかなまなざしだった。今の日本では、子供たちに向かってカメラを構えるのもはばかられるが、写真の中の子供たちの人なつこそうな表情を見れば、オユガン村では、きっとそんなことはなかったのだろうと容易に想像がつく。もちろんそれは、撮影者の人柄によるところが大であることは、ことわるまでもない。
上記「Higuchi's Room」に記載されているバタネスへの行き方を見ると、おいそれと訪れることのできる場所ではなさそうだ。しかし、今、アユミギャラリーに行けば、バタン島オユガン村の子供たち、そして動物たちに会うことができるのだ。きっと、心いやされるひと時を、過ごすことができることだろう。
有地訓写真展「UYUGAN」は、5月16日(水)まで。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗
2012年05月12日
二度目のドアノー展
生誕100年記念写真展「ロベール・ドアノー」は、5月13日が最終日、今回の写真展が終われば、当分開かれることはないだろう、そう思って、昨日、再度写真美術館に赴いた。展示されている写真を、一点一点丁寧に見直すことはもちろんのこと、それに加えて今回は、展示会場全体に目を向けて、展示の仕方にも着目してみることにした。
それというのも、先日行われた写真塾展に作品を出品して、展示の仕方に多少興味を抱いたからだ。展示された作品をを観てまわるとき、普通はもっぱら作品を観ることに意識を集中しているから、展示の仕方までに注意を払うことはあまりない。ところが、作品展示の仕方を自分で考えるという経験をしてみると、意外とそれが気になってくるのだ。
まずは、観てまわる順序だ。ドアノー展では、受付の人に右側(反時計回り)からご覧くださいと言われた。右端にはコンタクトシートが三葉ばかりが展示され、最初の解説版が続く。そして以下、「パリ郊外〜城壁の外側」を写した写真が並んでゆく。撮影された年代はまちまちで、最初期の一枚は、1929年の「舗石の山」、もっとも新しいものが、1952年の「ナンテール」…壁に松葉杖を立て掛けて、座っている男性を写した写真だ。
言われた通りに右端から左回り(反時計回り)で観ていくと、たまに左側から来る人がいる。相手がこちらをよけてくれるのか、それとも自分の方が進路を開けた方がいいのか、そういったことに余計な神経を使わなければならなくなる。どうして逆方向で回るのかといぶかしく思うが、受付の人が言い忘れたのかもしれず、仕方がないとあきらめる。
本来、回る向きというものは、何を根拠に決められるものだろうか。反対回りの人と出くわすと、そんなことまで気になり始める。実は、反時計回りで回っていると、なんとなく違和感のようなものを感じていたのだ。書籍の場合なら、縦組みの本は右から、横組みの本は左側から開く。そういう本の開き方が身に染み込んでいるからなのか、洋書が横組みであるのと同様に、フランスの写真家ドアノーの作品も、左側から時計回りに観てまわる方が違和感がないように思われる。
さて、作品展示は左に向かって、「冬の時代〜占領からパリ解放まで」に移り、以下、「郊外の休日」、「パリ〜イメージの釣り人」へと続いてゆく。この時期の作品が一番多い。以下は、次のようになる。
『ヴォーグ』の時代
ポートレイト
ロベール・ドアノーとカラー
子供たち
変貌するパリ
このように、作品配列の区分けは、撮影場所と撮影年代、さらにテーマをを組み合わせて行われている。
みな魅力に満ちた写真ばかりであるが、その中でも特に子供たちを撮った写真は、なんど観てもあきることはない。たとえば、「牛乳を買いに行く子供たち」、「初めての先生、パリ」、「増水した側溝」など、子供たちの愛くるしい仕草と、そういう子供たちに注がれるドアノーの優しいまなざしとが想像されてくる。
展示会場の入り口に立って、ひとたび前方を見渡すと、まるでパリの街中に身を置いたような錯覚に陥る。見えるのは、ドアノーの写真の中から、子供たちが写っている部分だけを切り取り拡大して、厚めのパーティションの側面に張ってある光景だ。パーティションは少しずつずらして中央の空間に設置してあるから、入り口方向から視線を注げば、それらすべてを一目で見ることができる。ドアノーが撮ったあのあいらしい子供たちがいたパリの街角を歩いている、そんな気分に誘ってくれるという趣向なのだ。
写真家がとらえた世界を、鑑賞者が擬似的に共有するしながら作品を観る、そういったことが可能となる空間を提供することも、展示方法を考える上で大切なことなのだ。
それというのも、先日行われた写真塾展に作品を出品して、展示の仕方に多少興味を抱いたからだ。展示された作品をを観てまわるとき、普通はもっぱら作品を観ることに意識を集中しているから、展示の仕方までに注意を払うことはあまりない。ところが、作品展示の仕方を自分で考えるという経験をしてみると、意外とそれが気になってくるのだ。
まずは、観てまわる順序だ。ドアノー展では、受付の人に右側(反時計回り)からご覧くださいと言われた。右端にはコンタクトシートが三葉ばかりが展示され、最初の解説版が続く。そして以下、「パリ郊外〜城壁の外側」を写した写真が並んでゆく。撮影された年代はまちまちで、最初期の一枚は、1929年の「舗石の山」、もっとも新しいものが、1952年の「ナンテール」…壁に松葉杖を立て掛けて、座っている男性を写した写真だ。
言われた通りに右端から左回り(反時計回り)で観ていくと、たまに左側から来る人がいる。相手がこちらをよけてくれるのか、それとも自分の方が進路を開けた方がいいのか、そういったことに余計な神経を使わなければならなくなる。どうして逆方向で回るのかといぶかしく思うが、受付の人が言い忘れたのかもしれず、仕方がないとあきらめる。
本来、回る向きというものは、何を根拠に決められるものだろうか。反対回りの人と出くわすと、そんなことまで気になり始める。実は、反時計回りで回っていると、なんとなく違和感のようなものを感じていたのだ。書籍の場合なら、縦組みの本は右から、横組みの本は左側から開く。そういう本の開き方が身に染み込んでいるからなのか、洋書が横組みであるのと同様に、フランスの写真家ドアノーの作品も、左側から時計回りに観てまわる方が違和感がないように思われる。
さて、作品展示は左に向かって、「冬の時代〜占領からパリ解放まで」に移り、以下、「郊外の休日」、「パリ〜イメージの釣り人」へと続いてゆく。この時期の作品が一番多い。以下は、次のようになる。
『ヴォーグ』の時代
ポートレイト
ロベール・ドアノーとカラー
子供たち
変貌するパリ
このように、作品配列の区分けは、撮影場所と撮影年代、さらにテーマをを組み合わせて行われている。
みな魅力に満ちた写真ばかりであるが、その中でも特に子供たちを撮った写真は、なんど観てもあきることはない。たとえば、「牛乳を買いに行く子供たち」、「初めての先生、パリ」、「増水した側溝」など、子供たちの愛くるしい仕草と、そういう子供たちに注がれるドアノーの優しいまなざしとが想像されてくる。
展示会場の入り口に立って、ひとたび前方を見渡すと、まるでパリの街中に身を置いたような錯覚に陥る。見えるのは、ドアノーの写真の中から、子供たちが写っている部分だけを切り取り拡大して、厚めのパーティションの側面に張ってある光景だ。パーティションは少しずつずらして中央の空間に設置してあるから、入り口方向から視線を注げば、それらすべてを一目で見ることができる。ドアノーが撮ったあのあいらしい子供たちがいたパリの街角を歩いている、そんな気分に誘ってくれるという趣向なのだ。
写真家がとらえた世界を、鑑賞者が擬似的に共有するしながら作品を観る、そういったことが可能となる空間を提供することも、展示方法を考える上で大切なことなのだ。
posted by 里実福太朗 at 23:55| 里ふくろうの日乗
2012年05月10日
ヒョウが降る
電気量販店で買い物をすませ、車で家に戻る途中のことだった。にわかに空が黒い雲で覆われ、ほどなく雨が降り出した。信号待ちしている間に、雨は激しさを増して吹き降りとなり、空を見上げれば、黒い雲が猛スピードで流れていく。風に煽られて、車が揺れ始める。ぴょっとして、竜巻が近づいているのかもしれない。数日前にあったばかりの竜巻被害の映像が蘇ってきた。
家に向かって走っていいる間にも、雨風はさらに強まり、夕暮れ時のように暗くなってくる。ライトをつけて走る車が増えてくる。フロントガラスに、白く光る小指大のつぶてが当たり、パシパシと音を立て始める。運転席の周囲四方を、パンパンという衝撃音が取り囲む。せっかくの新車が、デコボコ状態になりはしないかと心配になる。
家の駐車スペースに車を駐めた時も、ヒョウは降り続いていた。雷も鳴っている。逃げ込むように家に入り、テレビをつけて情報収集、しかしどの局もノンビリとしたもので、この事態への対応のお粗末さを露呈していた。千葉テレビも、地元のケーブルテレビもそうだった。緊急時に、いち早く情報を提供できる即時性がこういったメディアの命なのに、みずからそれを捨ててしまっているのだった。
夜のニュース番組では、ヒョウがかなり広範囲で降ったことを伝えていた。竜巻の被害は、さいわい今回はなかったようだ。車には被害はなかったが、ただ一つ咲き残っていたイチハツの花は、茎が途中で折れて地面を向いて垂れ下がっていた。ゴーヤは、無事だった。
家に向かって走っていいる間にも、雨風はさらに強まり、夕暮れ時のように暗くなってくる。ライトをつけて走る車が増えてくる。フロントガラスに、白く光る小指大のつぶてが当たり、パシパシと音を立て始める。運転席の周囲四方を、パンパンという衝撃音が取り囲む。せっかくの新車が、デコボコ状態になりはしないかと心配になる。
家の駐車スペースに車を駐めた時も、ヒョウは降り続いていた。雷も鳴っている。逃げ込むように家に入り、テレビをつけて情報収集、しかしどの局もノンビリとしたもので、この事態への対応のお粗末さを露呈していた。千葉テレビも、地元のケーブルテレビもそうだった。緊急時に、いち早く情報を提供できる即時性がこういったメディアの命なのに、みずからそれを捨ててしまっているのだった。
夜のニュース番組では、ヒョウがかなり広範囲で降ったことを伝えていた。竜巻の被害は、さいわい今回はなかったようだ。車には被害はなかったが、ただ一つ咲き残っていたイチハツの花は、茎が途中で折れて地面を向いて垂れ下がっていた。ゴーヤは、無事だった。
posted by 里実福太朗 at 23:30| 里ふくろうの日乗
