2008年09月30日

机に座って庭の景色を見るために

雨の降る肌寒い一日だった。ガソリンが残り少なくなったが、10月から値下がりするということだから、我慢のしどころ、昨日1000円分だけ入れておいた。

近頃メディアは、株の急落のニュースを取り上げることが多く、原油価格を取り上げることが少ない。WTIの原油先物価格を調べてみたところ、現在(10:38)98.96ドルだった。

原油先物チャートには、異常な動きを示している部分があった。9月22日に急騰していっきに123ドルになっているのだ。その価格がそのまま24日まで続き、今度はいっきに109ドルに急落している。ちょうど1週間前にリーマン・ブラザーズが破綻しているのだが、この異常な動きはそれと何らかの関係があるのだろうか。もし関係があるのなら、リーマン・ブラザーズは原油価格高騰に深く関わっていたのかもしれない。

6月ごろから始めたことが、やっと一段落ついた。パソコン画面の前に貼り付いて過ごす時間が多かったので、しばらくはパソコンと接する時間を少なくした方がよさそうだ。ただパソコンを使ってやるべきことは山ほどあるが、パソコンを使わないとなると、何をすればよいのか、それが問題だ。

日々パソコンに依存した生活を送っていたということですね。さてどうしようと思いながら、改めて自分の座っている周囲を眺めてみれば、ひどい状態になっていることに気がついた。居間と行き来する通り道は、体を横にしなければ通れないほどの狭さだ。通り道の両側には本やらガラクタなどが積み上げられ、ちょっとでもそれにふれると、すぐに崩れてしまいそうな状態だ。職場から持ち帰った段ボールも、庭に面したガラス戸への行き来の道をふさいでいる。

こういう状態に気づいた以上、いくら何でもそれに目をつぶっているわけにはいかない。ちょうどいい機会です。パソコンを使う時間を少なくして、その時間を部屋の整理に充てることにしました。ただ、量が量ですから一筋縄ではいきそうにもない。机の前に座って、庭の景色が見えるようになるには、かなりの時間がかかりそうです。
posted by 里実福太朗 at 23:58| 里ふくろうの日乗

2008年09月27日

禁じられた遊び(3)

長らく待たされて、階段を何段ものぼってたどり着いたチケット売り場で、500円の券を購入する(65歳以上のシニアは、300円)。300席ほどの大ホールは、三分の二程度が埋まった。

「禁じられた遊び」の復習をしておきましょう。出典は、NFC(NFC:National Film Center、東京国立近代美術館フィルムセンター)の2008年8−9月号です。

「禁じられた遊び」
・87分、35o、白黒
・1952年、フランス
・1952年ヴェネチア国際映画祭でグランプリ受賞
・1953年9月日本公開
監督・脚本:ルネ・クレマン
原作:フランソワ・ボワイエ
撮影:ロベール・ジュイヤール
美術:ポール・ベルトラン
音楽:ナルシソ・イエペス
出演:ブリジット・フォッセー、ジョルジュ・プージュリー、リュシアン・ユベール

【物語】
第二次世界大戦のさなか、フランスはナチスの攻撃を受けて、市民たちはわずかな荷物を携えて郊外へと逃れていく。その途中、橋を渡っている時に、戦闘機の銃撃を受け、幼い女の子の両親と愛犬が犠牲となってしまう。息絶えたイヌを抱きかかえながら、偶然たどり着いた村で一人の少年と出会う。そしてその少年の一家に身を寄せることになる。両親を失い孤児になった少女は、ただ一人心を許した少年と共に、死者を冒涜することになる禁じられた遊びに引き込まれていく。

開場が暗くなり、映写が始まるとすぐにナルシソ・イエペスが弾く「禁じられた遊び」が流れてきた。そして物語の展開に合わせて、さまざまな変化が施され繰り返し演奏された。たった一本のギターが、物語りに豊かな詩情を添えてくれた。

スクリーンに映し出される映像には、フィルムの劣化により、チラチラと白い影が点滅する。しかしそれは決して目障りではなく、かえって半世紀以上も前の暗い時代の雰囲気を醸し出してくれる。ディジタル化された映像では、こういう趣を醸し出すことはできない。

思いがけないことに、フクロウが登場した。納屋に住みつくフクロウは、通称「納屋フクロウ」と呼ばれる「メンフクロウ」なのであるが、登場したフクロウはいわゆる普通の「フクロウ」だった。きちんと数えていなかったが、3回ほどは登場して、なかなか重要な役割を演じていた。少年が「村長さん」と呼ばれているそのフクロウの頭をなでてやると、ウットリと目を閉じるところなどは、フクロウ好きにはたまりません。

さて、映画が終わって会場が明るくなり、皆が出口に向かう時、こんな会話が耳に入って来た。
「やっぱり音楽だけだな」
と男の声、
「音楽だけではないですよ」
と言い返す女の声、
「いや、やっぱりいいのは音楽だけだ」
と先ほどより強い口調で男が言った。

映画「禁じられた遊び」の評価を巡るやりとりだった。男の強い口調に押し切られて、女の人は口をつぐんでしまった。
「音楽もいいけれど、それだけの映画ではないですよ」
と女の人に加勢したくなったが、声に出して言うことはできない。

その男は、きっと上映中目を閉じていて、ナルシソ・イエペスのギター演奏だけを聴いていたのだろう。そうでなければ、戦争によって両親と大切な友だちだったイヌまでも失い、さらにたった一人の理解者になってくれた少年とも引き離され、孤児院に送り込まれることになってしまう悲惨さを思って、映画「禁じられた遊び」が何を訴えているかが分かったはずなのである。

なお、少女を演じたブリジット・フォッセーは1947年生まれですから、映画がフランスで公開された時は、5歳だったんですね。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

禁じられた遊び(2)

自動ドアを入ると、ダークスーツを着た人が立っていた。
「映画をご覧になるのでしょうか?」
そうだと答えると、
「あちらが列の最後になります」
と指さして教えてくれた。そこは中央に四角い形にイス席が設けられていて、40席ほどはありそうだったがすべて埋まっていた。イス席の周囲は立って待っている人たちの列が、グルリと取り囲んでいた。

まいりましたね。スタバでコーヒーなんぞ、ノンビリ飲んでいたことが悔やまれた。しかし悔やんでいても始まらない。列の最後につくと、私の後に次から次へと人が並んで、列はどんどん伸びっていった。ざっと80人ぐらいの列がすぐにできてしまった。

ほとんどがお年寄りでしたね、若い人はほんの数名。それもそうですね、普通のサラリーマンは、平日の午後に映画を見ることはできません。

私の後ろに並んだ年寄り三人組みは、かなりのご高齢とみたが、元気だった。
「何人ぐらい並んだなかな」
「80人ぐらいじゃないか」
「いや、100人は超えただろう。この分だと150人ぐらいになるね。それでも、座席の半分ぐらいが埋まる程度だね」
中でも一番博識そうなお年寄りがそう答えた。
「そんなもんかね。ところで、『遊び』ってフランス語でどう言うんだっけ」
このあと、博識さんの講釈が始まった。おかげで立って待っている間、退屈することはなかった。

チケットの発売時間ピッタリに列が動き出した。ところが動いては止まり、動いては止まりを繰り返し、なかなか前に進まない。それもそのはずで、エレベーターホールで一列10人位に並ばされ、それが5列ほどになるとやっと一列ごとに階段に案内されのぼっていった。一列のぼれば、一列追加されるという方式だ。

大ホールのある階にのぼりきるまでには、かなりの段数があった。足を引きずるように歩いている人もいて、気の毒な感じがした。お年寄りを立たせたまま待たせ、さらにエレベーターがあるのに階段をのぼらせるというやり方は、配慮が足りないというものだ。チケットの販売方法を改善すべきであろう。

さて、なかなか「禁じられた遊び」にたどりつきませんが、あとはまた明日ということで…。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月26日

禁じられた遊び(1)

高校生の頃、ギター曲「禁じられた遊び」を繰り返し練習した時期があった。エレキギターが普及する前のことだった。「禁じられた遊び」は映画「禁じられた遊び」で使われた曲だったが、その映画自体は見たことがなかった。その後、たぶんテレビで放映されたと思うが、それを見たかどうか、そのあたりの記憶がはっきりしない。

スカイバスに乗った帰りに、地下鉄宝町まで歩いた。その途中、京橋のフィルムセンターの前を通った時、「禁じられた遊び」の看板を偶然見かけた。それを見た時、これは必ず見なければならないなと強く思ったのだった。そして今日の日を迎えたのだった。

上映開始は4時からだった。宝町に着いたのは3時前だった。こういう時は、コーヒーショップで時間をつぶすに如くはなしであるから、京橋の方へブラブラと歩いていったら、偶然スタバを見つけた。ちょっとのぞいてみると、それほど混んでないので一休みすることにした。

昨日・今日と強い風が吹き、さらに今日は蒸し暑かった。注文するのはやはり冷たいものがいい。そこで、「アイス・カフェ・モカ」の「ショート」を注文した。注文を受けた店員さんは、「アイス・ショート・モカ」と言い直して、奥に伝えた。まあ、こっちの言い方の方が、注文の品を準備する手順に従っているということなのだろう。

チケットの販売開始は、3時半からだった。その「アイス・ショート・モカ」をゆっくりと時間をかけて飲み、販売前少し前にフィルムセンターに着いたところ、驚くことにかなり長い列ができていた。

やっとフイルムセンターにたどり着いたところで、眠気がさしてきました。まだ肝心の「禁じられた遊び」に話しが進んでいないのですが、続きは明日にまわすことにします。
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2008年09月24日

鳴き方が変わるのはなぜ?

またまたセミの話題ですよ。ネタに困るとセミを持ち出すと思っている人も、きっといらっしゃるでしょうね。そういう面もな無きしにもあらずですが、それだけではありません。

今日は昨日よりもカラッと晴れて、気持ちいい一日だった。その上天気に誘われて、この近辺ではしばらく鳴りを潜めていたツクツクホウシが鳴き始めた。過ぎ去った夏を惜しむように、実に思い入れたっぷりに鳴いたのである。

出だしの「オーシンツクツク」の部分で、「オーーーシーーーーン」と極端に長くのばしたのだ。この鳴き方は、個体差によるものか、季節的なものか、それとも練習の成果なのか。たかがセミの鳴き声ではあるが、なかなか興味深いことである。来年は、もう少し意識的に鳴き方を記録しておく必要がありそうだ。

このように、ツクツクホウシが興味深い鳴き方をしたので、話題にしたということです。ネタに困ったということだけではありません。
posted by 里実福太朗 at 23:24| 里ふくろうの日乗

2008年09月23日

秋分の日の「草ぶえの丘」

朝は曇りがちだったが、気持ちよく晴れた一日だった。幼い子を自然の中に連れて行くのには絶好の日和だった。

数日前に預かることを頼まれた。一日中家の中で過ごすのでは、子どものエネルギーが内に閉じ込められて、臨界点に達した時に暴発してしまうおそれがある。ただ近場の公園には、ほぼ連れていった。また遠距離だと、行き着くまでの車の中で退屈してしまう。なかなか場所を決めるのが難しい。結局、「草ぶえの丘」に行くことにした。芋掘りを体験できるし、今日9月23日からは、落花生掘りの体験もできる。

草ぶえの丘に向かう途中、臼井の故郷広場の横を通り鹿島川にかかる橋を渡った時、昨日までの雨によって水量の増えた鹿島川を見て、大いに喜ぶ。

草ぶえの丘の駐車場は無料、
大人の入場料は400円。芋掘り・落花生掘りは別料金。11時と2時の二回実施。

収穫する畑は、みのりの里。地図を見てそこを目指したが、近くまで行っても柵があってたどり着けない。もう一度振り出しに戻って、行き方を尋ねたところ、正門を入って真っ直ぐ進んだところに建つ研修棟前が集合場所だった。係りの人がそこから畑まで案内してくれるということだ。ホームページにもその点を明記しておいてくれれば、無駄に歩き回ることはなかった。

しかし芋掘りは、結局しなかった。幼い子にとっては、イモを掘るよりは、早めの昼食の方がずっと魅力的だったようだ。芝生広場の見える研修棟の広い通路には、いくつかのテーブル・イスが置されている。そこに座って、夫人手作りのおはぎなどをいただいた。

食後は芝生広場で遊ばせる。私だけその場に留まり、缶コーヒーを飲みながら荷物の番。しかしただボーッとしていたのではない。持参した双眼鏡を取り出し、幼い子の動きを追い続けたのだ。近頃は幼い子が犠牲になる心の痛む事件が多発している。ちょっと目を離したスキに、何が起こるか分からない。子どもは予測不能な動きをする。一瞬たりとも目を離すことができない。

芝生広場では、トンボが舞い、バッタが跳ねる。遠くの林では、ツクツクホウシがまだ鳴いている。バッタを捕まえると、実際には夫人が捕まえたものだが、それを手にしてこちらに一目散にやって来た。そのバッタの種類を教えてあげたいのだが、セミとは勝手が違い、分からないのが残念だ。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月20日

台風13号

昨夜から今朝にかけて、台風13号が千葉に接近した。大学に行っていた息子は、台風の影響で電車が止まる可能性もあるので、大学に泊まり込んで一夜を過ごした。今朝8時過ぎに無事帰ってきた。

台風13号は、中国大陸に向かうと思われたが、進路を大きく変えて太平洋沿岸に沿って進んできた。おまけにかなり勢力が弱っていたのに、暖かい海水からエネルギーを補給して、勢力を回復してしまった。なかなかしぶとい台風だった。

リーマン・ブラザーズの破綻によって、世界中が大混乱に陥った一週間だった。その後アメリカ政府が動いて、保険最大手のAIGに公的資金を拠出したり、不良資産を買い取る組織を設立することを発表したのを受けて、ここ二日ほど株価が急騰した。

ただそれに伴って、原油の先物価格が値上がり始めた。100ドルを割ってからいっきに91ドル台に下がったのだが、現在(23時15分)103ドル台まで上昇したまま。何でも株価急騰で、投機筋まで元気を取り戻し、原油に資金を投入し始めたらしい。アメリカ政府の対応が、金融市場の不安をやわらげたが、その一方では原油価格の上昇を招くというありがたくない結果をもたらしたということになる。なかなかうまくいかないものです。

それにしても、原油先物価格がまた勢いを取り戻したところなぞ、台風13号を思わせますね。そのうち熱帯低気圧になり、さらに普通の低気圧となって勢いを失ってくれればいいのですが。
posted by 里実福太朗 at 23:40| 里ふくろうの日乗

2008年09月18日

著作権のことなど

お向かいの家の老犬は、ついに暑いこの夏を乗り切った。今日も家の周囲を、ヨロヨロと足を引きずりながら歩いていた。通りかかった女の人が、老犬を見て、
「アラ、まだがんばっていたの〜、えらいわね〜」
と言いながら、立ち止まってイヌの様子を長い間見ていた。

現在、著作権の保護期間は、作者の死後50年間である。それを70年に延長しようということが検討されていて、「青空文庫」などが反対していた。いまさら紹介するまでもないが、「青空文庫」は死後50年以上経過して著作権が消滅した作品をディジタルテキスト化して、無償で提供しているサイトとして名高い。

弱小の「里実文庫」も同様の方針で運営していたが、現在は更新が滞っていて、休止状態になっている。まあ、いづれは復活させたいとは思っている。

今日の朝日新聞の夕刊に、「著作権保護延長見送りへ」という記事が載っていた。検討してきた文化審議会が、延長の合意を十分得られそうもないとして見送る報告書をまとめるそうだ。

まあ、これで一安心というものだ。著作者の人格権は永久に守られるべきであるが、財産的な権利は、著作権の本来の主旨からすれば、50年の保護期間が妥当なところだろう。
posted by 里実福太朗 at 23:25| 里ふくろうの日乗

2008年09月17日

ライブドアとリーマン・ブラザーズ

晴れて少し蒸し暑くなった。そういう変化にセミたちは敏感で、ツクツクホウシが鳴きだした。さらにアブラゼミの鳴き声まで聞こえた。アブラゼミなどは、秋の風が吹き出したら、地上に出て来るのをあきらめて、来年の夏の盛りまで待った方がいいのではないかと思うのだが、まあセミにもいろいろと事情があるのだろう。

アメリカ発のリーマン・ブラザーズ破綻のニュースが、世界中を駆け巡り、日本でも大騒ぎとなった。その煽りを受けて、マスコミが総裁選を報じる回数が少なくなった。おまけに麻生幹事長がお得意の失言で、安城・岡崎市から抗議されるという失態を演じてしまった。このまま尻すぼみの状態で、総裁選の日を迎えることになりそうだ。

リーマン・ブラザーズという証券会社の名前が日本で広まったのは、例のライブドア事件の時だった。ホリエモンがフジテレビの乗っ取りを企て、それを後押ししたのがリーマン・ブラザーズだった。

その後ライブドアが破綻し、ホリエモンも証券法違反でお縄をちょうだいすることになった。堀江氏を乗せた車が東京拘置所に向かう様子が、テレビで中継されたことを思い出す。時を経て、今度はリーマン・ブラザーズが、アメリカ政府の資金援助を受けられず、破綻に追い込まれた。

経済の専門家によれば、資金援助を受けられなかった理由は、リーマン・ブラザーズが破綻したとしても、金融システムへの影響が限定的であるということのようだ。ただライブドア事件のことを思い出すと、儲け主義に走った末に、自ら招いた破綻であって、自業自得とでも言えそうな気もする。
posted by 里実福太朗 at 23:49| 里ふくろうの日乗

2008年09月15日

秋の虫の音

夜ベランダに出て夜空を眺めると、せっかくの中秋の満月の日だったが、残念ながら一面の雲で覆われていた。満月は見ることができなかったが、しばらく虫の音を楽しんだ。かなり高い位置からも、虫の音が大きく聞こえた。

聞こえてくるのは、隣家の柿の木の枝からだった。以前木に登って鳴く虫の声を聞いた時は、天変地異の前ぶれではないかと思ったものだが、虫の種類によっては、木に登って鳴くこともあるということが分かってからは、別に驚くこともなくなった。二階のベランダからちょうど平行移動した高さから聞こえてくる虫の音は、秋の雰囲気に浸るには、少し元気が良すぎた。

一週間前には108ドルだった原油先物価格が、いっきに下がって、現在(23時30分)は、95ドルまで下がっている。今日いつものセルフスタンドにガソリンを入れに行ったところ、現金会員価格で161円だった。今の原油安が、ガソリン価格に反映されてさらにいっそう安くなるのは、いつのことになるのだろうか。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月14日

中秋の名月

今夜は中秋の名月。宵の口にはその姿を見せていたが、その後、雲が邪魔をして見えなくなった。しかし満月は、明日だ。明日に期待することにしよう。
posted by 里実福太朗 at 23:38| 里ふくろうの日乗

2008年09月13日

スカイバス

とりあえず、ご報告だけでも。
スカイバスに乗って、皇居・銀座の周遊コースを回ってきた。屋根のない二階建てのバスから見る東京の景観は、視点も異なって、今まで味わったことのない趣があった。

快晴だと陽差しが強く、屋根のない二階席はかなり暑くなるだろうなと思われたが、普段の行いが良いからだろう、うまい具合に雲が湧いてきて太陽を隠してくれた。まさに周遊日和であった。まったくもってうまい日を選んだものだと、自画自賛した。いや、待てよ、これも夫人の念力のおかげだったのかな…
posted by 里実福太朗 at 22:55| 里ふくろうの日乗

2008年09月12日

八ヶ岳の奇跡

今夜の空には、一片の雲もなく、満月間近の月が浮かんでいるだけだった。中秋の名月は、14日の日曜日。しかし明日の夜から天気は崩れてきて、どうも日曜日の天気は期待できそうにもないようだ。中秋の名月は、ヒョッとして見られないかもしれない。今日が中秋の名月であれば、月の輝きを堪能できたのだが、自然相手では思い通りになりません。

久しぶりで、暑さが戻った。ただ湿度が低かったので、それほど暑さは苦にならなかった。明日も天気はよく、日中は30度を超えるらしい。雨が降らないのはうれしいが、暑いのはこれはまた困りものである。ひところの不安定な天気に比べれば、あまり贅沢は言っていられませんが。

さて、夫人が雨女でないことは、実は証明されていたのだった。8月末に八ヶ岳のアカイヌ山荘に行った時に、嫌疑が晴れたことをすっかり忘れてしまっていた。

今年の旅行は雨に祟られ通しだった。まず3月に韮崎に行った時、雨に降られた。5月末に新潟県の胎内に行った時も、雨に降られた。8月末の旅行の時も、中央高速を走っている時から雨が降りだした。晴れていれば、甲府で下りてお墓参りをしようと思っていたが、断念して帰りにお参りすることにした。

八ヶ岳での二日目は、晴れていれば山にドライブにでも行こうとも思っていたが、初日の状態ではそれは望むべくもなかった。ところが、夫人は明日は必ずリになるようにと、念力をかけたのだ。

中国だって、五輪の開会式に雨が降らないように、前もって降雨ロケットを打ち上げたそうだ。そういう科学的な方法に頼らず、あらかじめ念力だけで大気中の余分な水分を雨として吐き出させてしまって、次の日をリとすることなんて、できるはずはないと誰でも思うはずだ。私もフーンという感じで聞いていた。

ところが、奇跡が起こった。次の日、朝からすばらしい晴天となったのだ。アカイヌ山荘から見える木々の間から、夏の陽差しが地面に突き刺さっていた。さっそく第一目的地である白州の「薮内正幸美術館」に向かった。駐車場に車を入れると、ミンミンゼミとツクツクホウシが出迎えてくれた。

ただ、晴天は午前中だけで、午後になると不安定な天気が戻ってきた。夕方「道の駅こぶちさわ」で買い物をしているうちに、外は雷雨になっていた。早くアカイヌ山荘に戻った方がいいと、意を決して雨の中を全速力で走り、車に乗り込んだ。そして駐車場を出たのだが、雷雨はますます激しくなり、運転するのも危険な状態になった。そこで再び駐車場に車をとめ、そのまま車の中で小降りになるまで待っていた。

2〜3日前、「薮内正幸美術館」の館長さんからハガキがが届いた。館長は薮内正幸さんのご子息竜太氏である。美術館来館への謝意が手書きで記されていた。アンケートに記入した来館者に出しているのだろうが、ご丁寧なことである。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月11日

屋根のないバス

ちょうど図書館に向かっている時に、雨がポツリポツリと降りだした。天気が東から崩れてくるという予報が当たった。天気というものは、だいたい西から変化してくるものと思っていたけれど、東の方から変化することもたまにはあるようだ。天気図を見ると、たしかに低気圧が東の方から千葉県北部にのびていた。

週末に、屋根のないバスに乗る予定があるので、その日までに天気が回復してくれないと困る。私たち夫婦が出かける時はいつも雨になる、雨男・雨女に違いないという根も葉もないデマが再燃してしまう。

なぜ、屋根のないバスになど乗るのか、そもそも屋根がないのではバスの役目を果たせないではないかと疑問に思うのは、もっともなことである。しかしそういうバスは現に存在するのである。天気に恵まれて、無事そのバスに乗れたあかつきには、ご報告することにしよう。

ファックスが使えなくなってしまった。修理に出せばしばらくの間電話も使えなくなるし、費用もかかる。それならば新しいものを購入した方がよい。そこで昨日ネットで注文した。それがもう届いた。
posted by 里実福太朗 at 23:31| 里ふくろうの日乗

2008年09月09日

星占い

先週までは、午後になるとどこから湧いたのか、黒い雲が雨を降らせるタイミングを計るように、低く浮かんでいることが多かった。今週に入ってからやっと安定してきた。今日は湿度が低く、過ごしやすく、陽差しはまだ強いが、わずかに秋の雰囲気が入り込んでいるような一日だった。

今回の総裁選に関して「政治ショーが始まった」という特集が組まれていることを新聞広告で知り、夕方、近くのコンビニに行って週刊朝日を買ってきた。人ごととして眺めているという距離のとり方に変わりはないが、情報はいろいろ拾っておいた方がいい。

さて話題は、総裁選からはもう離れることにして、週刊朝日に載っていた運勢占いのことである。運勢占いはあまり興味がなく、ましてやそれを信じる人間ではないと、自分自身を客観的にみていた。まあそうではあるが、運勢占いの記事が2ページにもわたり、かなり詳しく載っていたので読んでみる気になったのだった。

計算式に従って「支配星」を見つけると、「天空の星」になった。9月9日(火)から15日(月)の運勢は5位だった。運勢としてはマアマアだった。紙面のした下に、「気になるヒト」として、次期大統領候補のオバマ氏が取り上げられていた。オバマ氏も「天空の星」だった。

「天空の星」であるオバマ氏の運勢はどうなのだろうか。「天空の星」という支配星の名前も、すばらしい運勢であることを期待させてくれる。なにしろ私も「天空の星」なのだから、オバマ氏の運勢は、私の運勢でもあるのだ。

今年の運勢は「失」なんだそうだ。「失」の字が、不吉な運勢であることを匂わせている。その予想通り、頑張れば頑張るほど何かを失う方向に傾くのだそうだ。しかし来年になると運気が好転し、特に1月20日は最高の運気になるそうだ。その日は新大統領の就任の日なのである。

今年は我慢の年で、来年はすばらしい年となるということのようだった。ただ、最後に気になることが書いてあった。
『でも「失」の星の動きがとても気になるのです。年内に大切な何かを失う悲しい事件が起こらないことを祈っています。』

オバマ氏の運勢は、私の運勢でもあるのだ。あと4ヵ月の内に、何かを失う悲しい出来事が待っているのだろうか。運勢占いなど信じたところで何の益もないとは思っていても、どうやらその言葉が心に引っかかってしまったようだった。

大切な何かとは、どういうことなのか。私自身の身の上に起こることなのか、それともわたしの周辺で起こることなのか。そんなことを考えても仕方がないのは分かっていても、どうにも気に掛かってしまう。湯船につかっていても、風呂から上がりベランダで上弦の月を眺めている時も、イヤなことばかり浮かんできた。こんな気持ちを抱きながら、あと4ヵ月も過ごすことになるのかと思うと、暗澹たる気持ちになってくる。

「天空の星」の運勢の記事に、希望の光のひとかけらでもないかと、もう一度週刊朝日のそのページを開いた。そして「支配星」の見つけ方に従って、もう一度計算し直すところから始めた。

ステップ2のところで誤りがあった。もう一度やり直すと、私は「天空の星」ではなかった。オバマ氏とは違う星だった。その星の運勢には「失」の文字は現れなかった。

オバマ氏はこの運勢占いを読まない方がいいだろう。まあ読むことはないだろうが。同じく「天空の星」の人も読まない方がいいだろう。特に星占いを信じてしまう傾向のある人はなおさらである。星占いも場合によっては、罪作りなものとなる。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月07日

マリーンズ3位、サッカー勝つ、辞任の真意

このところマリーンズの調子がいい。ライオンズに勝ち越した後、ホークスに3連勝した。8回まで2対6で敗色濃厚だったが、9回に代打橋本が満塁ホームランを打ち同点とした。延長12回、2アウトと追い込まれたものの、ズレータがソロホームランを打って勝ち越し、その裏は荻野が無失点におさえて勝利をつかんだ。

昨夜というよりは今日の早朝、サッカーワールドカップの最終予選が行われた。アウェイでバーレーンと戦い、3対2で勝利を手にした。3点をとり、これは楽勝だなと思っていたら、終了間際に2点を入れられてしまいハラハラした。

遠藤選手がペナルティキックを蹴る時、緑色のレザー光線が顔面に照射されるという信じられないことがあった。しかし、遠藤選手はまったく意に介さず、いつも通り冷静に蹴り1点を追加した。

眠い目をこすりながら3時まで起きていて、さらに試合終了まで見続けたのだから、これで負けたひには目もあてられない。それにしても、居間のソファに横になりながら、3時まで待つ時間のなんと長かったことか。プロレスの試合を放送していたのが、せめてもの救いとなり、なんとか試合開始の時間まで、寝入ってしまわずにすんだ。

朝日新聞の朝刊1面に、『首相「先手打って勝てる隊生を」』という記事が載っていた。9月1日、突然の辞任会見に先だって、麻生太郎幹事長を呼び出し、辞意を伝えた。その意は、解散・総選挙になった時、選挙に勝つための戦略であったそうだ。

こういう福田首相の真意は、どこからもれてこの記事となったのだろうか。巷間伝えられているところでは、事前に辞意を知らされたのは、麻生幹事長と、数分後に聞いたとされる町村幹事長の二人だった。このお二人からその時のやりとりが漏れたとは考えにくい。とすれば、その時のやりとりがかなり具体的に記されているこの記事は、なにを根拠としているのだろうか、なんとも不思議なことである。

この記事の内容を信じるならば、辞任会見では、国会そして国民に迷惑をかけることのないように、今の時期を選んだと話していたが、実際には選挙に勝つための戦略だったということになる。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月05日

まだ人ごととして

ますます混迷の度を増してきたのは、自民党の総裁選、次々と候補者、ではなくて立候補を表明する議員があらわれてきた。ほんとうに皆、候補者になるのだろうか、なれるのだろうか。

現在の勢力分布では、自民党の総裁が首相になるのだから、誰が選出されるかということについて無関心でいることはできない。立候補を表明するする人が乱立して、マスコミが彼らの主張を親切にも伝えてくれると、あたかも私たちに選挙権があるような気持ちさえ生まれてくる。しかしいまさら言わずもがなのことではあるが、私たちは彼らの中から一人を選んで投票することはできない。

そのことを改めて思ってみると、今の状態はやはり異常と言った方がいいだろう。立候補者が決まった時点、あるいは総裁が選出された時点でもいい、その時に選出されるまでの経緯が分かれば十分ではないだろうか。

今の段階では、立候補を表明する人が何人いようと、「人ごと」として一歩後ろに下がって、成り行きを冷静に眺めているより仕方がない。そして解散・総選挙ということになれば、いよいよ私たちの出番なのである。
posted by 里実福太朗 at 22:26| 里ふくろうの日乗

2008年09月04日

高齢者保険のアンケート

家から一番近いポストは、コンビニの店内にある。先日も、手紙を出す必要があって、そこに投函したのだが、宛名先に届くのに4・5日もかかってしまった。そのため届くまでの何日かは、わたしが投函し忘れたのではないかと疑われた。

そんなふうに疑われると、
「たしかに出したはずなんだが」
と一応は答えておくのだが、絶対に出したのだという自信が次第に揺らいでくる。そこで手紙を出しに行った時に使ったショルダーバックを取り出し、中を確認するが、もちろん出し忘れた手紙が入っていることはない。そして、
「もっと自分の記憶力に自信を持たないといかんな」
とつぶやくのだった。

都内に出した手紙は翌々日に着くはずなのだが、どうして4・5日もかかってしまったのか、それが分からない。そんなことがあったので、コンビニを疑うのではないが、今回はわざわざ遠い郵便局のポストまで出かけたのだった。

ポストに投函したのは、市から送られてきたアンケートの回答用紙だった。高齢者の保険制度に関するもので、市内の40歳以上の人の中から無作為で抽出した人に送られたものだった。宝くじには当たったことがないのに、こういったアンケートの場合にはクジ運が強いようで、今回も当たったのだった。

回答期限までまだ1週間以上あるのでのんびり構えていたところ、回答をうながすハガキが届いた。そもそもアンケートというものは強制されるものではない。依頼する方も、回答率100%などはあり得ないことを前提として実施する。そして回答率を明らかにしたうえで、結果を公表する。

そういうものだと思っていたのだが、高齢者の問題は、我が身に降りかかってくる切実な問題であるので、心の中でブツブツと言いながらも、午後のほとんどの時間を費やしてアンケート用紙に記入したのだった。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月03日

人ごとのように

福田首相の辞任会見の際の記者とのやりとりの中で、今一番話題となっているのは、最後に質問した中国新聞の記者とのやりとりの場面のようだ。記者が使った「人ごとのよう」という言葉に対して、福田首相は、珍しく語気を強め感情を表に出して次のように言った。
「私は、あなたと違って、自分を客観的に見ることができるんですよ」

この言葉を耳にした時、大いに憤慨したものだが、今のマスコミの無節操な動きを見ていると、この言葉は案外正鵠を射ているのかもしれないと思うようになってきた。

首相の辞任会見以来、次の総裁候補は誰だということで、マスコミは、少しでも名前のあがった人物を追い回している。まだ告示もされていない。候補者も決まっていない。それなのに、本命は誰で、対立候補は誰それだという空疎な議論が繰り返されている。こういう光景は、もう過去に何回も見せられている。またかという感想しか浮かんでこない。

ある知事が、自分の息子が候補者として名前があがっていることを聞き、
「冗談だろ?」
と言っているのに、マスコミはその人物のインタビューを、必死でとろうとする。マスコミのこういった過熱ぶりを、多くの人はきっと冷ややかに見ているに違いない。

報道を仕事とする人間は、事実を冷静に受け止めて客観的に見る目、目の前の出来事を人ごととして見る目が必要なのである。総裁選をお祭り騒ぎに持ち込もうとする側に踊らされて、右往左往するようでは報道する者として資格がないと言われても仕方がない。ただ、一国のリーダーの場合は、そういう目だけでは早晩行き詰まることになってしまう。

福田首相が記者に向かっても言った言葉が、この国のマスコミが抱える問題を指摘したのであれば、最後の最後で人の心に残る言葉を残したということになるのだが、果たしてそういうことを念頭に置いて発した言葉だったのだろうか。売り言葉に買い言葉であったような気もする。
posted by 里実福太朗 at 23:28| 里ふくろうの日乗

2008年09月02日

思いつくままに

9月に入っても、セミが鳴く限り、観察記録は続くのである。ツクツクホウシは、今朝も数回鳴いた。ただ最後の「オニオーシー」を4回繰り返すことがあった。そうなると、最後の繰り返しは、2・3・4回の3パターンがあるということになる。

今日は火曜日、マリンスタジアムのシニアデーだった。久しぶりで出かけようかな思ったのだが、暑さがぶり返したり、また千葉テレビで生中継があるので、出かける気力が萎えてしまった。こういうときに限って、雨も降らず、マリーンズも勝つことになるのだが、その通りになった。

WTI原油先物価格は、8月末には119ドル台まであがったが、ハリケーン「グスタフ」が熱帯低気圧になり、被害も小規模であったことで、いっきに110ドルを割り込み、現在(23時45分)は、107ドル台に下がっている。
posted by 里実福太朗 at 00:00| 里ふくろうの日乗

2008年09月01日

9月に入った

9月に入った。勤めていた時の長年の習慣で、1年間を4月から始まり3月で終わる年度でとらえた方が、どうもしっくりする。そのようなとらえ方だと、1年の前半が終わり、今日から後半に入ったということになる。

しかしそろそろ1年というものを、1月から始まり12月で終わるというとらえ方に、体内リズムを慣らしていかなければならないのだろう。そういうリズムに体が慣れた時、初めてセカンドステージの入口に立てたことになるのかもしれない。

朝ツクツクホウシが、鳴き方を何回も何回も練習していた。セミの鳴き方はその種類に応じてさまざまだが、その中でもツクツクホウシの鳴き方は、一番難しいのだろう。

最初は、出だしの「オーシーン」で途切れてしまった。二回目からはなんとか「起承転結」の最後まで歌い通したが、最後の部分が不完全だった。最後は「オニオーシー」を3回繰り返して歌いおさめるはずなのだが、2回しか繰り返さなかったのだ。

その後も2回しか繰り返さないので、もともと2回が正規の歌い方なのかと思っていたところ、9回目になって3回繰り返した。しかし息が続かないのか、3回目の「オニオーシー」は、最後がかすれてしまった。

10回目に鳴いた時は、また「オニオーシー」を2回繰り返すパターンに戻ってしまった。きちんと3回繰り返すことは、修練を積まないとできない難しいことなのだろう。

その後「オニオーシー」3回繰り返したのは、18回目に鳴いた時だった。そして19・20回目も3回のパターンを繰り返した後、再び2回のパターンに戻りそれが続いた。どうやら3回繰り返すパターンをあきらめたようだった。

ツクツクホウシがは根気強く鳴き続けていたが、30回を超えてからはこちらの根気が続かず、数え続けることは終わりにした。
posted by 里実福太朗 at 23:55| 里ふくろうの日乗