台風とともに、残暑なんてどこかに吹っ飛んじゃった感じだね。気温が下がってクシャミが出るほどで、長袖のシャツ・長ズボンを着込んだよ。上野公園に行った日と比べると雲泥の差だ。このまま一気に秋になってしまうのかナー、もしそうなら、あの日が夏らしい日の最後となってしまうかもしれない。行く夏を惜しんで、その日に撮った写真を何枚か載せておくことにしよう。



このイスにカリスマ店員が座っていたんだ。大きな木が作ってくれる日陰の外に出ていて、暑そうだね。ちょっと内側に移動すれば日陰に入るのに、そうしないんだ。肩が出ている服だから、日焼けすると思うんだけど、そんなことはお構いなしという感じなんだ。だけど顔は日陰に入っていたな。

チャラチャラした感じの彼女が、こんなことを話していたんだ。聞き耳をたてていたんじゃないよ、席が隣り合っていたから自然に聞こえてきただけさ、ホントだよ。
「こないだ、サーフィンに行ったの。そしたらねー、なんか自然に活かされているって思ったのよ」
タンクトップは何も言わずに聞いている。
「海に浮かんでると、なんか自然の一部って感じになるのね。自分って、なんてちっぽけなんだろうって…仕事はいつも一生懸命やってるけど、そんな自分ってちっちゃいのよねー、世界のかたすみでチマチマと動いているっていう感じがして…イヤになっちゃったの」
「もう一杯飲もうか」
「ウン飲もうか」
いったんはタンクトップの提案にのったんだけど、その外見とはうらはらに難しい顔をして考え込んでこう言ったんだ。
「だけど動物を見れなくなっちゃうかなー」
どうやら二人は、動物を見るために上野動物園にやって来たようなんだね。若い女性が二人連れだって動物見物って、どうしてなんだろうって思うよね。それでこんなふうに想像してみたんだ。
二人は地方の高校の同級生で、卒業後、東京で仕事を見つけるため一緒に上京したんだ。着いたのは上野駅、その足で上野公園に入り、ブラブラ歩きながらこれからのことを話したんだろうな。歩いてるうちに動物園の前に出て、動物でも見ていこうかということになったんだろう。だから二人にとって、上野公園の動物園は東京暮らしの出発点になった所なんだ。その後、二人は別々の道に進んだけど、暮らしていく上で何か迷いが生じると、西郷さんの銅像の前で待ち合わせて、動物園に行くようになった。上野公園の待ち合わせ場所は、西郷さんのところでないとね。こういう訳さ。


話が途切れると、二人はそれぞれのデジカメを取り出して、お互いを撮りあったんだ。そしてテーブルの上にカメラを置いて、セルフタイマーをセットして、二人そろって女子高生のようにVサインをつくってカメラにおさまったんだ。
「撮りましょうか」
と声を掛けてあげればよかったかなと思ったりもしたけれどね、頼まれもしないのに口を出すのは、せっかく楽しそうにカメラにおさまっているんだから、お節介かななんて思ったりしてね。
記念撮影が終わると、テーブルの上をティッシュで拭いて、連れだって動物園の中に消えていったんだ。昔のように集団就職で上京する人はいないけど、今でも上野駅とか上野公園に特別な思いを抱いている人はいるんだろうな。
彼女たちを見送ったあと、しばらく来園者たちの様子を見ながら、このあとどうしようかと考えた。なにしろ午後2時といえば暑いさなかだからね、涼しいところで過ごしたいと思うのは人の常さ。マアそういうわけで、東京都美術館に行って「トリノ・エジプト展」を観ることにしたんだ。

