千葉も暑かったけれど、盆地にある甲府は、輪をかけて暑かった。
お寺の近くの花屋さんは、二年前は店を開いていたが、今回はとうとう店をたたんでしまい、建物も取り壊されていた。
お花をどこかで調達しなければならない。少し歩いた所にあった仏具屋さんで、一番近い花屋さんを教えてもらい、照りつける日差しを受けながら、ヨロヨロくらくらしながら、ようやく花屋さんにたどり着いたのだった。
墓所にも、容赦なく夏の日差しが照りつけいた。苔むした墓石は熱の塊になっていたが、手桶から柄杓で水を注いであげると、みるみる青みがさしてきた。水を含んで、またたくまに生気を取り戻した苔がもたらした青さだった。
軽自動車で中央道を走るのは初めてのこと、「D」と「L」との二つギアでは、長い下り坂を走るのに不安があった。特に、笹子トンネルを出たあとの、急で長い下り坂が気になっていた。
しかし、コンピューター制御のエンジンは、ほぼ80キロの速度を保つように、自動的にエンジンブレーキをかけてくれた。軽自動車ではあるけれど、走りに不安を感じることはなく、灼熱の中央道を、お先にどうぞの精神で、のんびりと快適にドライブすることができた。
今日は甲府で一泊して、明日、八ヶ岳へ向かう。
2012年07月26日
猛暑の中ゴーヤはいよいよ元気
猛暑が続くなか、ゴーヤーは、追肥したことも功を奏したのか、青々とした葉を茂らせ、グッタリしている人間をよそ目に、ますます勢いが盛んになってきた。ただツルが四方八方に広がり始めた時に、交通整理しなかったのがたたり、近くの木に絡みつき好き勝手にのび放題、こうなってはもう彼らの思し召すままにさせておくより仕方がない。
雄花だけが咲いて雌花が咲かないのは以前と同じだ。去年の今の時期には、大きな実がたくさんなったいたのに、どうしたのだろうか。去年苗を植えた場所から少し離れた場所を選んで苗を植えたのだが、それでも連作障害が発生したのだろうか。それとも、買い求めた苗が、去年とは品種が違う安いものだったからか。
肝心のゴーヤの実は、今のところまだ二つ、うち一つはかなり大きくなった。写真手前が小さなもので、奥にもう少し大きなものがぶら下がっている。
雄花だけが咲いて雌花が咲かないのは以前と同じだ。去年の今の時期には、大きな実がたくさんなったいたのに、どうしたのだろうか。去年苗を植えた場所から少し離れた場所を選んで苗を植えたのだが、それでも連作障害が発生したのだろうか。それとも、買い求めた苗が、去年とは品種が違う安いものだったからか。
肝心のゴーヤの実は、今のところまだ二つ、うち一つはかなり大きくなった。写真手前が小さなもので、奥にもう少し大きなものがぶら下がっている。
posted by 里実福太朗 at 23:42| 里のつれづれ
2012年07月22日
巣立ち
昨日、アオバズクのヒナが姿を現したという知らせが、夫人の知人から届いた。昨日は写真塾の撮影会が横浜であって、そのことを夫人からのメールで知ったのは、横浜に向かう電車の中だった。残念ながらその日は、ヒナの姿を見ることは断念せざるをえなかった。
そして今朝、あのアオバズクのいる木へと駆けつけた。すでに三脚を立て、太くて長い望遠レンズを構えている人が三人ほどいた。ただ、レンズが向けられている方向は、木の上ではなかった。
いつもアオバズクがとまっていた枝には、もうその姿はなかった。周囲の枝を探してみたがやはりいなかった。夫人の知人からの情報によると、ヒナは三羽だったそうだ。昨日は、一日中ヒナの姿を見ることができたそうだ。わずか一日だけ姿を見せて、すでに巣立ってしまったのだろうか。
双眼鏡を持っている人が、周囲の高い木の方をしきりに覗いていたが、アオバズクの姿は見つからなかった。ヒナたちは、まだ飛翔力がないかもしれず、近くの木にとまっているのではないかと探していたようだった。
夕方になれば、巣として使っていた樹洞に戻ってくるかもしれない、それを期待して、夕方また来ることにしていったん引き上げた。そして夕方、再びアオバズクの木を訪れた。しかし、アオバズクはいなかった。こうなっては、巣立ちの時を迎えてしまったのだと考えざるを得ない。
ヒヨドリの時も、巣立ちは早かった。キジバトなどは、巣立ちが気づかれないようにひそかに進められた。そしてアオバスクは、一日姿を見せただけで巣立っていってしまった。外敵からヒナを守るために、どの鳥も巣立ちを急ぐということなのだろう。
来年また青葉の季節に、南の国から渡って来るのを待つことにしよう。そして、ヒナの姿を見られるのは一日だけ、と肝に銘じておくことにしよう。
そして今朝、あのアオバズクのいる木へと駆けつけた。すでに三脚を立て、太くて長い望遠レンズを構えている人が三人ほどいた。ただ、レンズが向けられている方向は、木の上ではなかった。
いつもアオバズクがとまっていた枝には、もうその姿はなかった。周囲の枝を探してみたがやはりいなかった。夫人の知人からの情報によると、ヒナは三羽だったそうだ。昨日は、一日中ヒナの姿を見ることができたそうだ。わずか一日だけ姿を見せて、すでに巣立ってしまったのだろうか。
双眼鏡を持っている人が、周囲の高い木の方をしきりに覗いていたが、アオバズクの姿は見つからなかった。ヒナたちは、まだ飛翔力がないかもしれず、近くの木にとまっているのではないかと探していたようだった。
夕方になれば、巣として使っていた樹洞に戻ってくるかもしれない、それを期待して、夕方また来ることにしていったん引き上げた。そして夕方、再びアオバズクの木を訪れた。しかし、アオバズクはいなかった。こうなっては、巣立ちの時を迎えてしまったのだと考えざるを得ない。
ヒヨドリの時も、巣立ちは早かった。キジバトなどは、巣立ちが気づかれないようにひそかに進められた。そしてアオバスクは、一日姿を見せただけで巣立っていってしまった。外敵からヒナを守るために、どの鳥も巣立ちを急ぐということなのだろう。
来年また青葉の季節に、南の国から渡って来るのを待つことにしよう。そして、ヒナの姿を見られるのは一日だけ、と肝に銘じておくことにしよう。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 動物
2012年07月20日
2012年07月19日
キジバトが消えた
卵を辛抱強く抱いていたキジバトは、何日か前のころから、昼間は巣を留守にして、夕方になると戻って来るようになっていた。そしてここ二・三日は、そのキジバトの姿がまったく見えなくなっている。温めていた卵はどうなったのだろうか、ヒナはかえったのだろうか。
ヒナがかえれば、親鳥がエサを運ぶ様子が見え、巣から頭を出すヒナも見えるものと思っていたが、いっこうにその気配がなかった。小枝を寄せ集めて作られた巣を下から見上げてみると、隙間から木々の緑が透けて見える始末で、巣の中には何もないようにも見えた。
一脚の先端にデジカメを付けて、リモートケーブルで撮影してみたところ、巣の中にはすでに卵はなかった。抜け落ちた毛と、糞がこびりついていた。ヒヨドリに比べれば巣の作り方が雑であることは、前にも書いた。さらに巣の中を比べてみると、キジバトの方が汚れが目立つ。
ともかく巣の中には、卵はなく、ヒナもいない。カラスにでもさらわれたのだろうか。しかし、カラスが巣の周辺で騒いでいたのを目撃したことはない。となると、こっそりと卵をかえし、ヒナが自立できるようになるまで、人に気づかれないように、巣の中で抱きかかえて育てていたのであろうか。
一週間ほど前になるだろうか、巣の様子を確かめようとして木に近づいた時、「ツン」一声鳴いて、二羽のキジバトが飛び去って行くということがあった。体はこころもち小さい感じはしたが、飛び方もしっかりとしていたから、ひな鳥が巣立って行ったとは思わなかった。
しかし今思うと、それがひな鳥だったのかもしれない。キジバトは二つ卵を産むというから、飛び立っていったキジバトの数とも合う。
ヒナがかえれば、親鳥がエサを運ぶ様子が見え、巣から頭を出すヒナも見えるものと思っていたが、いっこうにその気配がなかった。小枝を寄せ集めて作られた巣を下から見上げてみると、隙間から木々の緑が透けて見える始末で、巣の中には何もないようにも見えた。
一脚の先端にデジカメを付けて、リモートケーブルで撮影してみたところ、巣の中にはすでに卵はなかった。抜け落ちた毛と、糞がこびりついていた。ヒヨドリに比べれば巣の作り方が雑であることは、前にも書いた。さらに巣の中を比べてみると、キジバトの方が汚れが目立つ。
ともかく巣の中には、卵はなく、ヒナもいない。カラスにでもさらわれたのだろうか。しかし、カラスが巣の周辺で騒いでいたのを目撃したことはない。となると、こっそりと卵をかえし、ヒナが自立できるようになるまで、人に気づかれないように、巣の中で抱きかかえて育てていたのであろうか。
一週間ほど前になるだろうか、巣の様子を確かめようとして木に近づいた時、「ツン」一声鳴いて、二羽のキジバトが飛び去って行くということがあった。体はこころもち小さい感じはしたが、飛び方もしっかりとしていたから、ひな鳥が巣立って行ったとは思わなかった。
しかし今思うと、それがひな鳥だったのかもしれない。キジバトは二つ卵を産むというから、飛び立っていったキジバトの数とも合う。
posted by 里実福太朗 at 23:55| 動物
2012年07月18日
ポン太の変化
近寄って、「ポン太」と声を掛ければ、「ミャー」と返事をする。それは以前と変わりはなかった。体は、一回り小さくなったような印象を受けた。鼻の頭の傷はほぼ癒えて、傷あとは目立たなくなっていた。そして抜け落ちていた肩のあたりの毛は、きれいに生えそろっていた。
しかし、どことなく以前のポン太とは様子が違う。再会の挨拶もなんだか形式的だったし、素っ気ない感じなのだ。すぐに元の場所に戻り、ボンヤリと行き交う人を眺めはじめた。そして、おもむろに毛づくろいを始める。もう、こちらの存在など忘れてしまったようにも見える。
ポン太に会わなかった一ヶ月半のことを思ってみた。その間に、エサをもたらしてくれる人は、ネコサポーターから青テントの住人に変わった。実際にエサを提供するのはネコサポーターだけれど、ことづかってエサをポン太に与えるのは自由人だから、ポン太にとって、エサをくれる大切な人は自由人なのだ。
以前から、ネコサポーターがいる時といない時とでは、ポン太に限らず自由ネコたちが、こちらとの接し方を微妙に変えているのではないかと感じることがあった。彼らと一緒の時は、自由ネコたちはどことなくよそよそしかったのだ。
自由ネコにとって、大切な人はエサをくれる人なのである。エサをくれない人にまで媚びを売って、それがもとで彼らの機嫌を損ね、大切な人を失ってしまっては大変だというような気持ちがあるのだろうか。ネコサポーターが、自分たちだけになついていることを誇示したがる傾向にあるのを見れば、自由ネコのそういった気持ちは分からないでもない。
そして今のポン太にとって、なによりも大切な人は、青テントの住人なのだ。彼らはエサをくれるという点でも大切な人なのだが、それだけではない。ネコ一族が、人間に身を寄せて生きることを選んでからというもの、ネコにはやはり寄り添ってくれる人が必要なのだ。だから、たまに公園にやってくる人間より、そこに半ば定住している人間たちの方がネコにとっては頼りがいのある存在なのだ。
少し離れたところでは、ポン太にエサをあげている青テントの住人が、ゆったりと流れていく朝の時間を過ごしている。そして時おり、こちらの方に視線を送っている。今やポン太は、彼らに身を寄せて生きていくことを選んだのかもしれない。もちろんポン太の気持ちは分からないけれど、ポン太のよそよそしさは、そんなところに原因があるのではないかとも思われてくる。
しかし、どことなく以前のポン太とは様子が違う。再会の挨拶もなんだか形式的だったし、素っ気ない感じなのだ。すぐに元の場所に戻り、ボンヤリと行き交う人を眺めはじめた。そして、おもむろに毛づくろいを始める。もう、こちらの存在など忘れてしまったようにも見える。
ポン太に会わなかった一ヶ月半のことを思ってみた。その間に、エサをもたらしてくれる人は、ネコサポーターから青テントの住人に変わった。実際にエサを提供するのはネコサポーターだけれど、ことづかってエサをポン太に与えるのは自由人だから、ポン太にとって、エサをくれる大切な人は自由人なのだ。
以前から、ネコサポーターがいる時といない時とでは、ポン太に限らず自由ネコたちが、こちらとの接し方を微妙に変えているのではないかと感じることがあった。彼らと一緒の時は、自由ネコたちはどことなくよそよそしかったのだ。
自由ネコにとって、大切な人はエサをくれる人なのである。エサをくれない人にまで媚びを売って、それがもとで彼らの機嫌を損ね、大切な人を失ってしまっては大変だというような気持ちがあるのだろうか。ネコサポーターが、自分たちだけになついていることを誇示したがる傾向にあるのを見れば、自由ネコのそういった気持ちは分からないでもない。
そして今のポン太にとって、なによりも大切な人は、青テントの住人なのだ。彼らはエサをくれるという点でも大切な人なのだが、それだけではない。ネコ一族が、人間に身を寄せて生きることを選んでからというもの、ネコにはやはり寄り添ってくれる人が必要なのだ。だから、たまに公園にやってくる人間より、そこに半ば定住している人間たちの方がネコにとっては頼りがいのある存在なのだ。
少し離れたところでは、ポン太にエサをあげている青テントの住人が、ゆったりと流れていく朝の時間を過ごしている。そして時おり、こちらの方に視線を送っている。今やポン太は、彼らに身を寄せて生きていくことを選んだのかもしれない。もちろんポン太の気持ちは分からないけれど、ポン太のよそよそしさは、そんなところに原因があるのではないかとも思われてくる。
posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ
2012年07月17日
朝の公園でポン太をさがす
公園に着いたのは、六時を少し回ったころだった。早朝の公園は、人影もなく閑散としているのではないかと勝手に想像していたが、意外にもそんなことはなく、人の姿をそこかしこに認めることができた。
骨董市がひらかれている池のほとりの遊歩道では、ジョギングする人・イヌをつれて散歩する人(ある落語家さんに似ていた)・イヌを手押し車に乗せている人、そしてラジオ体操をする人たち、さらにザリガニまでが散歩をしていた。
自由人たちが一夜を過ごした仮設ブルーシートハウスは、すでにキチンとたたまれていた。確認したことはないが、どうやら昼間は分解して小さくたたんでおくという決まりになっているらしい。日が暮れてくると、再び組み立てられてブルーシートで覆われる。
ネコサポーターの話によれば、自由人たちがまだ仮設ハウスの中で休んでいる時、ポン太がガリガリとブルーシートを引っ掻き、エサのおねだりをするということだった。ということは、もうエサにありついてどこかに行ってしまったかもしれない。そんなことを心配しながら、かつてポン太がよく過ごしていたスポットへと急いだ。
その場所には、ポン太の姿は見あたらなかった。せっかく始発電車に乗って来たものの、無駄足だったのかもしれない。近くのベンチに腰掛けながら、遠くに見える自由人たちに、ポン太のことを訊いてみようかとも考えてみた。エサをやるのは彼らなのだから、一番確実なことが分かるはずなのだ。
その決心がつかず、通り過ぎるジョギング集団を目で追っていた。その時、太い木の根元で、走り去っていく人たちを、私と同じように見送っている存在に気づいた。ネコのようだった。黒と白の毛並み、まさしくポン太だった。
骨董市がひらかれている池のほとりの遊歩道では、ジョギングする人・イヌをつれて散歩する人(ある落語家さんに似ていた)・イヌを手押し車に乗せている人、そしてラジオ体操をする人たち、さらにザリガニまでが散歩をしていた。
自由人たちが一夜を過ごした仮設ブルーシートハウスは、すでにキチンとたたまれていた。確認したことはないが、どうやら昼間は分解して小さくたたんでおくという決まりになっているらしい。日が暮れてくると、再び組み立てられてブルーシートで覆われる。
ネコサポーターの話によれば、自由人たちがまだ仮設ハウスの中で休んでいる時、ポン太がガリガリとブルーシートを引っ掻き、エサのおねだりをするということだった。ということは、もうエサにありついてどこかに行ってしまったかもしれない。そんなことを心配しながら、かつてポン太がよく過ごしていたスポットへと急いだ。
その場所には、ポン太の姿は見あたらなかった。せっかく始発電車に乗って来たものの、無駄足だったのかもしれない。近くのベンチに腰掛けながら、遠くに見える自由人たちに、ポン太のことを訊いてみようかとも考えてみた。エサをやるのは彼らなのだから、一番確実なことが分かるはずなのだ。
その決心がつかず、通り過ぎるジョギング集団を目で追っていた。その時、太い木の根元で、走り去っていく人たちを、私と同じように見送っている存在に気づいた。ネコのようだった。黒と白の毛並み、まさしくポン太だった。
posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ
2012年07月16日
始発電車でポン太のいる公園へ
始発電車に乗るのは、初めてのことだった。京成電車の始発は、宗吾参道駅を4時35分に出て、京成上野駅には5時55分に着く。千葉県に移り住んでから30年以上経つが、勤めている時も退職後も、未だかつて始発電車に乗ったためしはなかった。
家を出た時は、ちょうど朝焼けが始まったことだった。最寄り駅のホームには、始発電車が来るのを待っていた。
早起きの苦手な私が、どうして始発電車に乗ろうと思ったのか、それはネコのポン太が、今、どのように過ごしているかを、自分の目で確かめてみたかったからなのだ。
ポン太の姿を最後に見たのは、5月30日のことだった。爾来一月半ほど、その姿を見ていなかった。ネコサポーターから、夕方になるとエサをもらいにやってくる、と聞いたこともあったので、夕方まで時間をつぶして待っていたことも何回かあった。しかし、いつも徒労に終わっていた。
機会あるたびに、ネコサポーターにポン太のことを尋ねてみたが、最近見ていないという返事がいつも返ってきた。ポン太のことを何回も尋ねたものだから、しばらくしてから、ネコサポーターが、ある人たちから情報を仕入れてきてくれた。
ネコサポーターによると、こうである。公園には、ブルーシートを使って仮設テントをつくり、そこで一夜を明かす自由人たちがいる。その人たちから聞いた話では、ポン太は夜にやって来たり、早朝に来ることもあるということだった。そんな時間帯に来るのでは、ネコサポーターはエサをやることができない。そこで、エサを自由人たちにあずけておいて、ポン太が来たらあげてくれるよう頼んでおいた。
ポン太は、自由人たちがまだテントの中で寝ている時にやってきて、ブルーシートをガリガリと引っ掻き、エサをねだることもあった。自由人たちは、自らが食するものにもこと欠く場合もあるだろう。一方、ポン太にはネコサポーターが託したエサがあり、人間さまとの違いに複雑な思いを抱くこともあったかもしれない。しかし、自由人たちはポン太にエサをやり続けていてくれた。
ポン太は、夜あるいは早朝に現れて、エサをもらうようになっていた。生活パターンをそのように変えたのは、何か理由があってのことだったのだろうか。その理由はよく分からないが、ネコサポーターからその話を聞いて、ポン太に会うためには、朝早く公園に行くより仕方がないと思ったのだった。
家を出た時は、ちょうど朝焼けが始まったことだった。最寄り駅のホームには、始発電車が来るのを待っていた。
早起きの苦手な私が、どうして始発電車に乗ろうと思ったのか、それはネコのポン太が、今、どのように過ごしているかを、自分の目で確かめてみたかったからなのだ。
ポン太の姿を最後に見たのは、5月30日のことだった。爾来一月半ほど、その姿を見ていなかった。ネコサポーターから、夕方になるとエサをもらいにやってくる、と聞いたこともあったので、夕方まで時間をつぶして待っていたことも何回かあった。しかし、いつも徒労に終わっていた。
機会あるたびに、ネコサポーターにポン太のことを尋ねてみたが、最近見ていないという返事がいつも返ってきた。ポン太のことを何回も尋ねたものだから、しばらくしてから、ネコサポーターが、ある人たちから情報を仕入れてきてくれた。
ネコサポーターによると、こうである。公園には、ブルーシートを使って仮設テントをつくり、そこで一夜を明かす自由人たちがいる。その人たちから聞いた話では、ポン太は夜にやって来たり、早朝に来ることもあるということだった。そんな時間帯に来るのでは、ネコサポーターはエサをやることができない。そこで、エサを自由人たちにあずけておいて、ポン太が来たらあげてくれるよう頼んでおいた。
ポン太は、自由人たちがまだテントの中で寝ている時にやってきて、ブルーシートをガリガリと引っ掻き、エサをねだることもあった。自由人たちは、自らが食するものにもこと欠く場合もあるだろう。一方、ポン太にはネコサポーターが託したエサがあり、人間さまとの違いに複雑な思いを抱くこともあったかもしれない。しかし、自由人たちはポン太にエサをやり続けていてくれた。
ポン太は、夜あるいは早朝に現れて、エサをもらうようになっていた。生活パターンをそのように変えたのは、何か理由があってのことだったのだろうか。その理由はよく分からないが、ネコサポーターからその話を聞いて、ポン太に会うためには、朝早く公園に行くより仕方がないと思ったのだった。
posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ
2012年07月14日
暑くても礼儀正しいネコ
蒸し暑い一日だった。おまけに、連日の航空機騒音が今日も加わり、不快指数はうなぎ登りに悪化した。こう暑くては、ネコだってグッタリとなってしまう。
お孫さんとトンボ採りをしていたご老人に、当方が、ネコ写真家になるべく修行をしていることを話すと、近くの民家でネコをたくさん飼っていることを教えてくれた。子ネコもいるらしい。上の写真は、そのお宅の玄関前で寝ころんでいたネコたちなのだ。ご老人のお話通り、子ネコもいた。
子ネコに気を取られているうちに、寝そべっていた白ネコが、階段を下りて近くに来ていた。そして、写真を撮ってくださいといわんばかりに姿勢を正して座っていたのだ。こういう時は、礼儀として写真を撮ってあげないといけない。何枚か撮ってから、「ありがとう」言っておくことも忘れてはいけない。
お孫さんとトンボ採りをしていたご老人に、当方が、ネコ写真家になるべく修行をしていることを話すと、近くの民家でネコをたくさん飼っていることを教えてくれた。子ネコもいるらしい。上の写真は、そのお宅の玄関前で寝ころんでいたネコたちなのだ。ご老人のお話通り、子ネコもいた。
子ネコに気を取られているうちに、寝そべっていた白ネコが、階段を下りて近くに来ていた。そして、写真を撮ってくださいといわんばかりに姿勢を正して座っていたのだ。こういう時は、礼儀として写真を撮ってあげないといけない。何枚か撮ってから、「ありがとう」言っておくことも忘れてはいけない。
posted by 里実福太朗 at 23:52| ねこ
セミの初鳴き
佐倉の城址公園で、今年初めて、ニイニイゼミの鳴き声を聞いた。そのことを、お孫さん(たぶん)をつれてトンボ採りに来ていたご老人に言ったところ、その近辺では二〜三日前に聞いたという話だった。
アオバズクのヒナを見ることを諦めて帰ろうとした時、その二人とすれ違った。虫かごにトンボがウジャウジャ入っているのを見かけて、
「たくさん採りましたね」
と声を掛けたところから、話がいろいろな方向に広がったのだった。その人の話では、ヒグラシの鳴き声も聞いたということだった。
家に帰ってからのこと、遠くの林の方からヒグラシの鳴き声が聞こえた。そろそろ梅雨明けが近づいているのだろう。
アオバズクのヒナを見ることを諦めて帰ろうとした時、その二人とすれ違った。虫かごにトンボがウジャウジャ入っているのを見かけて、
「たくさん採りましたね」
と声を掛けたところから、話がいろいろな方向に広がったのだった。その人の話では、ヒグラシの鳴き声も聞いたということだった。
家に帰ってからのこと、遠くの林の方からヒグラシの鳴き声が聞こえた。そろそろ梅雨明けが近づいているのだろう。
posted by 里実福太朗 at 23:49| 里のつれづれ
2012年07月13日
ほんとは愛嬌者のハシビロコウ
説明板によると、上野動物園には五羽のハシビロコウがいるそうだ。それぞれ名前がついていて、その見分け方は、右足にはめられているリングの色で行う。下の写真に写っている二羽のうち、向かって左側の大きなハシビロコウには「黄色のリングが一つ」はめられているから「アサンテ(メス)」、右側は青のリングが一本だから「サーナ(メス)」となる。
これだけ体の大きさが違うから、大きい方がオスで小さい方がメスだろうと思っていたが、両方ともメスだということのようだ。しかし、あまりにも違いすぎる。説明板には年齢の記載がないけれど、大人と子供のハシビロコウなのだろうか。人前で堂々と大あくびをするところなどを見ると、まんざらその想像はあたっていないこともないかもしれない。
この小さな方のサーナは、動かないという先入観をみごとに裏切り、活発に動きまわり表情も豊かだった。そんな彼女の様子を眺めていると、無愛想で動かないというハシビロコウのイメージが定着してはいるが、本当は愛嬌者なのかもしれない、そんなふうにも思われてくる。
これだけ体の大きさが違うから、大きい方がオスで小さい方がメスだろうと思っていたが、両方ともメスだということのようだ。しかし、あまりにも違いすぎる。説明板には年齢の記載がないけれど、大人と子供のハシビロコウなのだろうか。人前で堂々と大あくびをするところなどを見ると、まんざらその想像はあたっていないこともないかもしれない。
この小さな方のサーナは、動かないという先入観をみごとに裏切り、活発に動きまわり表情も豊かだった。そんな彼女の様子を眺めていると、無愛想で動かないというハシビロコウのイメージが定着してはいるが、本当は愛嬌者なのかもしれない、そんなふうにも思われてくる。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 動物
2012年07月12日
ハシビロコウが動いた
上野動物園のジャイアントパンダの赤ちゃんが、生後わずか六日目で死んでしまったそうだ。園内には献花台まで設けられ、その前で涙を流す人の映像がニュースでも流されていた。
かく言う私は、上野動物園には行ったことはあるが、どういうわけかパンダ舎には足を向けたことはなかった。興味がないというわけではないが、行ったところで、押すな押すなの人混みで、ゆっくり見ていることなどできるはずもなく、それを思って敬遠していた。
目下のところ、一番興味を抱いているのは、あの動かないことで有名になった「ハシビロコウ」だ。以前見た時は、うわさ通り微動だにしていなかった。こうなると、動くところを見てみたいと思うのは人情で、機会があればハシビロコウと根比べをしてみたいと思っていた。
先日のこと、夕方になるまでの時間をつぶすため、動物園で過ごすという妙案を思いついた。何しろコーヒー一杯の値段で入園できて、閉園までゆっくり過ごすことができるのだ。動物の種類も多いから、写真の被写体に困ることもない。
ハシビロコウがいるのは西園だから、池之端門から入るのがよい。入ってすぐの所にいるからとても都合がよい。
ハシビロコウは、先日来園した時にいた場所で、同じ立ち姿でたたずんでいた。やはり、鋭いまなざしを一点に注いだまま、哲学者然として孤高を保っていた。動く様子を見るためには、長い時間が掛かりそうだなという予感があった。
しかしその予想に反して、その時は意外と早くやってきた。動かないはずのハシビロコウが、何を思ったのかゆっくりゆっくり動き出し、カメラを構えている当方の正面にやってきてくれたのだ。そして立つ位置が定まると、集まってきたカメラマンたちが撮りやすいように、ポーズを決めてジッとしてくれていた…まァ、動かないのは得意中の得意だが…わざわざ写真を撮らせてくれるために、来てくれたのだろうか。ハシビロコウの気持ちは分からないが、そう思いなしてそのサービス精神に感謝したのだった。
かく言う私は、上野動物園には行ったことはあるが、どういうわけかパンダ舎には足を向けたことはなかった。興味がないというわけではないが、行ったところで、押すな押すなの人混みで、ゆっくり見ていることなどできるはずもなく、それを思って敬遠していた。
目下のところ、一番興味を抱いているのは、あの動かないことで有名になった「ハシビロコウ」だ。以前見た時は、うわさ通り微動だにしていなかった。こうなると、動くところを見てみたいと思うのは人情で、機会があればハシビロコウと根比べをしてみたいと思っていた。
先日のこと、夕方になるまでの時間をつぶすため、動物園で過ごすという妙案を思いついた。何しろコーヒー一杯の値段で入園できて、閉園までゆっくり過ごすことができるのだ。動物の種類も多いから、写真の被写体に困ることもない。
ハシビロコウがいるのは西園だから、池之端門から入るのがよい。入ってすぐの所にいるからとても都合がよい。
ハシビロコウは、先日来園した時にいた場所で、同じ立ち姿でたたずんでいた。やはり、鋭いまなざしを一点に注いだまま、哲学者然として孤高を保っていた。動く様子を見るためには、長い時間が掛かりそうだなという予感があった。
しかしその予想に反して、その時は意外と早くやってきた。動かないはずのハシビロコウが、何を思ったのかゆっくりゆっくり動き出し、カメラを構えている当方の正面にやってきてくれたのだ。そして立つ位置が定まると、集まってきたカメラマンたちが撮りやすいように、ポーズを決めてジッとしてくれていた…まァ、動かないのは得意中の得意だが…わざわざ写真を撮らせてくれるために、来てくれたのだろうか。ハシビロコウの気持ちは分からないが、そう思いなしてそのサービス精神に感謝したのだった。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 動物
2012年07月10日
2012年07月08日
2012年07月07日
キジバトはまだ抱卵中
庭の木に作った巣で、キジバトが卵を温めているのを発見してから、ちょうど二週間経った。未だヒナは生まれず、卵を抱いて温める日々が続いている。夫婦で交替しながら温めているとはいえ、毎日毎日座り続けて、辛抱強く温めている姿を見るにつけ、無事ヒナが誕生することを願わずにはいられない。
ウィキペディアによれば、抱卵期間は15日から16日ほどということだから、もうそろそろヒナが誕生してもよさそうだ。
『繁殖期はほぼ周年で、1回に2個の卵を産む。抱卵日数は15-16日。抱卵は夕方から朝までの夜間は雌、昼間は雄が行う。雛は孵化後、約15日で巣立つ。』
…ウィキペディア「キジバト」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%B8%E3%83%90%E3%83%88
ウィキペディアによれば、抱卵期間は15日から16日ほどということだから、もうそろそろヒナが誕生してもよさそうだ。
『繁殖期はほぼ周年で、1回に2個の卵を産む。抱卵日数は15-16日。抱卵は夕方から朝までの夜間は雌、昼間は雄が行う。雛は孵化後、約15日で巣立つ。』
…ウィキペディア「キジバト」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%B8%E3%83%90%E3%83%88
posted by 里実福太朗 at 23:59| 動物
2012年07月06日
フクロウは満月の夜に生まれる
満月の夜に、フクロウのヒナが誕生するという説があるらしい。その真偽について言及できるほどの知識は持ち合わせていないが、もしそれが本当ならば、フクロウのヒナは二日前の7月4日に生まれていることになる。その日は、満月なのである。
実は前日の3日の早朝に、アオバズクのいる木を訪れていた。興味がひかれることがあると、早起きも苦にならない。その日の朝のアオバズクは、ちょっと眠たげな顔をして、同じ木の枝に止まってじっとしていた。ヒナが誕生した気配はなかった。
そして今日、またアオバズクの木に行ってみた。アオバズクは、いつのも所に、いつものようにとまっていた。
庭に巣を作ったキジバトは、夫婦が交代で卵を温めているが、アオバズクはメスだけが卵を温め、オスは外で見張りをして、時にはメスのためにエサを運ぶと聞く。だから、いつも枝にとまっているアオバズクは、オスなのだろう。
いろいろな角度から何枚か撮っているうちに、そのオスのアオバズクから少し離れた木の枝に、黒っぽいものがあることに気づいた。鳥のようにも見えるが、はっきりしない。とりあえず撮ってみて、カメラのモニターで拡大表示して確かめてみることにした。
モニターの画面に映ったまん丸の目、そしておなかに縞模様があるのだから、これはもうアオバズクに間違いない。体は、見張り役のアオバズクより少し小さい。メスのアオバズクなのだろう。
メスが巣の外にいるということは、もう卵を温める必要はなくなったということであり、つまり、ヒナが誕生したと考えても良いのだろう。満月の日の4日以降今日までの間に、ヒナが誕生したのだ。これだけをもって、フクロウのヒナは満月の夜に生まれる、と結論づけるのは性急に過ぎるけれど、その可能性はなきにしもあらずとしてみることは許されるだろう。
実は前日の3日の早朝に、アオバズクのいる木を訪れていた。興味がひかれることがあると、早起きも苦にならない。その日の朝のアオバズクは、ちょっと眠たげな顔をして、同じ木の枝に止まってじっとしていた。ヒナが誕生した気配はなかった。
そして今日、またアオバズクの木に行ってみた。アオバズクは、いつのも所に、いつものようにとまっていた。
庭に巣を作ったキジバトは、夫婦が交代で卵を温めているが、アオバズクはメスだけが卵を温め、オスは外で見張りをして、時にはメスのためにエサを運ぶと聞く。だから、いつも枝にとまっているアオバズクは、オスなのだろう。
いろいろな角度から何枚か撮っているうちに、そのオスのアオバズクから少し離れた木の枝に、黒っぽいものがあることに気づいた。鳥のようにも見えるが、はっきりしない。とりあえず撮ってみて、カメラのモニターで拡大表示して確かめてみることにした。
モニターの画面に映ったまん丸の目、そしておなかに縞模様があるのだから、これはもうアオバズクに間違いない。体は、見張り役のアオバズクより少し小さい。メスのアオバズクなのだろう。
メスが巣の外にいるということは、もう卵を温める必要はなくなったということであり、つまり、ヒナが誕生したと考えても良いのだろう。満月の日の4日以降今日までの間に、ヒナが誕生したのだ。これだけをもって、フクロウのヒナは満月の夜に生まれる、と結論づけるのは性急に過ぎるけれど、その可能性はなきにしもあらずとしてみることは許されるだろう。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 動物
2012年07月05日
暑い日の過ごし方いろいろ
梅雨空はどこへ行ったのか、昨日も今日も蒸し暑い日だった。ネコは涼しい場所を見つける天才だが、自由ネコたちも、知恵を絞って涼しい場所を探し当て、思いおもいに過ごしていた。
ただ、ポン太に会うことはできなかった。ネコサポーターをはじめとして、いろいろな人に尋ねてみたが、多くは最近見てないという返事だった。夕べエサをもらいに来たらしいと言う人もいたが、その人が実際に見たということではないので、真偽のほどは定かではない。
ただ、ポン太に会うことはできなかった。ネコサポーターをはじめとして、いろいろな人に尋ねてみたが、多くは最近見てないという返事だった。夕べエサをもらいに来たらしいと言う人もいたが、その人が実際に見たということではないので、真偽のほどは定かではない。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ
2012年07月03日
羽田空港騒音問題について
羽田空港への着陸便による騒音問題については、これまでにも何回かこのブログでもお伝えした。その騒音問題に関して新たな進展ががあったので、それをまとめておきたい。
まず、飛行ルートについて、もう一度復習しておこう。千葉県のホームページには六つの飛行ルートが載っているが、騒音に対する苦情が激増しているのは、「南風好天時」の着陸ルートである。このルートには、北側から侵入するルートと南側から侵入するルートとの二つがあるが、その二つのルートが交差する千葉市では、佐倉市よりさらに激しい騒音に悩まされていることは想像に難くない。
http://www.pref.chiba.lg.jp/kuushin/haneda/saikakuchou/index.html
この騒音問題に関して、県と千葉市は二日、「南風好天時の高度引き上げ」について、国土交通省から試行運用の実施に関する情報提供があったと発表した。
【羽田空港・南風好天時における高度引き上げの試行運用について】
http://www.pref.chiba.lg.jp/kuushin/press/2012/240702.html
発表日:平成24年7月2日
国土交通省から提供された情報の詳細を、千葉県ホームページから引用しておく。
1内容
【南風好天時に南方面から千葉市上空を飛行する経路】について、高度引き上げを試行する。(添付資料・飛行ルート図のとおり)
2試行期間
平成24年8月23日(木曜日)〜11月14日(水曜日)
(各日8時〜23時までの間)
3備考
この試行運用は、国土交通省において、6月4日の連絡協議会以前から実施してきた関係者の調整を経た結果として行われるもの。
試行運用は、上記2の期間において、天候等の条件を満たし、管制機関が“安全に試行が可能”と決定した場合に実施する。
試行運用を進める中、当初想定できなかった問題が発生した場合などには、期間途中での試行の中止や、高度引き上げ案の再検討を行わざるを得ない場合もあり得る。
今後の試行運用の結果如何では、最終的に必ずしも添付資料のとおり高度引き上げが可能となるとは限らない。
(更新日:平成24(2012)年7月3日)
航空機騒音は、飛行ルートはもちろんのことだが、飛行高度にも影響される。機影が大きく見える低空飛行の時と、高度を上げて飛行する時との騒音の差はかなりある。時おり空を見上げて、その差を実感している。高度を上げることで、騒音が軽減されることにはある程度期待がもてる。
ただ、今回の高度引き上げ試行は、南側から侵入するルートに対して行われるもので、佐倉市などの騒音被害の軽減にはつながらない。北側から侵入するルートについても、飛行高度が引き上げられることを是非とも期待したい。
まず、飛行ルートについて、もう一度復習しておこう。千葉県のホームページには六つの飛行ルートが載っているが、騒音に対する苦情が激増しているのは、「南風好天時」の着陸ルートである。このルートには、北側から侵入するルートと南側から侵入するルートとの二つがあるが、その二つのルートが交差する千葉市では、佐倉市よりさらに激しい騒音に悩まされていることは想像に難くない。
http://www.pref.chiba.lg.jp/kuushin/haneda/saikakuchou/index.html
この騒音問題に関して、県と千葉市は二日、「南風好天時の高度引き上げ」について、国土交通省から試行運用の実施に関する情報提供があったと発表した。
【羽田空港・南風好天時における高度引き上げの試行運用について】
http://www.pref.chiba.lg.jp/kuushin/press/2012/240702.html
発表日:平成24年7月2日
国土交通省から提供された情報の詳細を、千葉県ホームページから引用しておく。
1内容
【南風好天時に南方面から千葉市上空を飛行する経路】について、高度引き上げを試行する。(添付資料・飛行ルート図のとおり)
2試行期間
平成24年8月23日(木曜日)〜11月14日(水曜日)
(各日8時〜23時までの間)
3備考
この試行運用は、国土交通省において、6月4日の連絡協議会以前から実施してきた関係者の調整を経た結果として行われるもの。
試行運用は、上記2の期間において、天候等の条件を満たし、管制機関が“安全に試行が可能”と決定した場合に実施する。
試行運用を進める中、当初想定できなかった問題が発生した場合などには、期間途中での試行の中止や、高度引き上げ案の再検討を行わざるを得ない場合もあり得る。
今後の試行運用の結果如何では、最終的に必ずしも添付資料のとおり高度引き上げが可能となるとは限らない。
(更新日:平成24(2012)年7月3日)
航空機騒音は、飛行ルートはもちろんのことだが、飛行高度にも影響される。機影が大きく見える低空飛行の時と、高度を上げて飛行する時との騒音の差はかなりある。時おり空を見上げて、その差を実感している。高度を上げることで、騒音が軽減されることにはある程度期待がもてる。
ただ、今回の高度引き上げ試行は、南側から侵入するルートに対して行われるもので、佐倉市などの騒音被害の軽減にはつながらない。北側から侵入するルートについても、飛行高度が引き上げられることを是非とも期待したい。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗
2012年07月02日
拾った羽根はアオバズクのものなのか
昨日アオバズクの撮影をしていた時、夫人が鳥の羽根を拾った。羽根の色から推測すると、たぶんアオバズクのものと思われたが、とりあえず家に持ち帰ってきた。
ネットで検索してみると、アオバズクの写真はいろいろ載っているが、羽根について解説を加えているサイトはあまりない。そんな中、フクロウに関する情報量の多さで際立つのが、漫画家の岩本久則氏が運営しているサイトだ。羽根に関する説明も詳しく載っている。
【久則庵】
http://www24.big.or.jp/~kyusoku/owl.htm
→〔翼・羽毛〕
http://www24.big.or.jp/~kyusoku/owlumou.htm
その説明によれば、フクロウの羽根には3種類あるそうだ。
○初列風切羽根…羽軸が極端に左寄り
○二列風切羽根…羽軸は中央やや左寄り
○羽毛…保温のための羽根
(注)羽軸とは、羽根の中央近くを貫く一本の軸のこと。羽根の種類によっては、その位置がずれることもある。
また、日本には11種のフクロウの仲間が住んでいて、シロフクロウを除くすべてのフクロウの風切羽根には、濃い横縞のストライブがあるそうだ。以上のことから、拾ってきた羽根については、以下のことが分かった。
◇濃い横縞のストライブがあることから、フクロウ(アオバズク)の羽根である。
◇羽軸がやや左寄りであることから、「二列風切羽根」である。
夫人が拾った羽根は、アオバズクのものだと断定してもよさそうだ。
ネットで検索してみると、アオバズクの写真はいろいろ載っているが、羽根について解説を加えているサイトはあまりない。そんな中、フクロウに関する情報量の多さで際立つのが、漫画家の岩本久則氏が運営しているサイトだ。羽根に関する説明も詳しく載っている。
【久則庵】
http://www24.big.or.jp/~kyusoku/owl.htm
→〔翼・羽毛〕
http://www24.big.or.jp/~kyusoku/owlumou.htm
その説明によれば、フクロウの羽根には3種類あるそうだ。
○初列風切羽根…羽軸が極端に左寄り
○二列風切羽根…羽軸は中央やや左寄り
○羽毛…保温のための羽根
(注)羽軸とは、羽根の中央近くを貫く一本の軸のこと。羽根の種類によっては、その位置がずれることもある。
また、日本には11種のフクロウの仲間が住んでいて、シロフクロウを除くすべてのフクロウの風切羽根には、濃い横縞のストライブがあるそうだ。以上のことから、拾ってきた羽根については、以下のことが分かった。
◇濃い横縞のストライブがあることから、フクロウ(アオバズク)の羽根である。
◇羽軸がやや左寄りであることから、「二列風切羽根」である。
夫人が拾った羽根は、アオバズクのものだと断定してもよさそうだ。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 動物
2012年07月01日
アオバズクとやっと出会えた
今日は、長年の夢が叶えられた記念すべき日となった。野生のフクロウを撮影することができたのだ。
フクロウの一種であるアオバズクが、歴博に毎年やってくるということは以前から聞いていた。アオバズクは渡り鳥で、毎年青葉の季節に、南の国から日本に渡ってくる。だからアオバズクと呼ばれる。ちなみに「ズク」は古い言葉で、「フクロウ」のことである。その季節に何回か歴博に行き、探し回ったこともあったが、いつも徒労に終わっていた。
フクロウは、大木のウロを住みかとするから、大きな木に絞って探してみた。しかし、大木に限っても歴博には数え切れないほどあるのだから、探し尽くすということなどは、土台無理なことなのである。見つからないまま、いつしか歴博のアオバズクのことは忘れてしまっていた。
昨日、夫人のケータイに一通のメールが届いた。夫人の知人からのもので、歴博でアオバズクを見る幸運に恵まれたことを知らせるものだった。昨日は、たまたま幼い子をあずかっていて…もう小学生になっているのだから幼いとは言えないかもしれないが…すぐに駆けつけることはできなかったので、今日、カメラを持ってアオバズクを探しに行ったというわけだ。
場所は教えてもらっていたのだが、なかなかその場所にたどり着けなかった。その知人の方に連絡を取って、再度、場所の教示を請うて、やっと探し当てることができた。かつて探し回っていた一帯は、まったくの見当違いの場所で、いくら探し回っても見つけられなかったのは、もっともなことだった。
アオバズクが一羽、ウロのある大木からのびる細い枝にとまっていた。フクロウが子育てをするのも、ちょうど今ごろの季節で、巣から落ちたひな鳥を保護したという話も聞いたことがある。近くのウロの中では、連れ合いが卵を温めているのだろうか。
フクロウの一種であるアオバズクが、歴博に毎年やってくるということは以前から聞いていた。アオバズクは渡り鳥で、毎年青葉の季節に、南の国から日本に渡ってくる。だからアオバズクと呼ばれる。ちなみに「ズク」は古い言葉で、「フクロウ」のことである。その季節に何回か歴博に行き、探し回ったこともあったが、いつも徒労に終わっていた。
フクロウは、大木のウロを住みかとするから、大きな木に絞って探してみた。しかし、大木に限っても歴博には数え切れないほどあるのだから、探し尽くすということなどは、土台無理なことなのである。見つからないまま、いつしか歴博のアオバズクのことは忘れてしまっていた。
昨日、夫人のケータイに一通のメールが届いた。夫人の知人からのもので、歴博でアオバズクを見る幸運に恵まれたことを知らせるものだった。昨日は、たまたま幼い子をあずかっていて…もう小学生になっているのだから幼いとは言えないかもしれないが…すぐに駆けつけることはできなかったので、今日、カメラを持ってアオバズクを探しに行ったというわけだ。
場所は教えてもらっていたのだが、なかなかその場所にたどり着けなかった。その知人の方に連絡を取って、再度、場所の教示を請うて、やっと探し当てることができた。かつて探し回っていた一帯は、まったくの見当違いの場所で、いくら探し回っても見つけられなかったのは、もっともなことだった。
アオバズクが一羽、ウロのある大木からのびる細い枝にとまっていた。フクロウが子育てをするのも、ちょうど今ごろの季節で、巣から落ちたひな鳥を保護したという話も聞いたことがある。近くのウロの中では、連れ合いが卵を温めているのだろうか。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 動物