2013年02月27日

アカイヌの散歩

ネコ公園には、アカイヌもやって来る。先日は、二頭のアカイヌさんを囲んで人だかりができていた。ともにメス犬で、片方は2歳、体の大きな方は11歳ということだった。

2歳のアカイヌは、カメラを向けるとすぐ近づいてきてなめようとするから、なかなかシャッターをきることができない。11歳のアカイヌは、二度出産を経験したそうで、さすがに落ち着きはらって堂々と構えていた。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年02月26日

春のきざし

凍死者が出るほどの寒さが続いたが、その寒さもやっとゆるんだ。日中は風もなく、穏やかな陽射しが心地よい暖かさを届けてくれた。ポン太もその陽射しを浴びながら、気持ちよさそうに居眠りをしていた。その周囲の草むらを見ると、黄色い花がほころび始めていた。

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朝はかなり冷え込んだらしい。資料館の前のネコの水飲み場には、厚い氷が張ったらしく、その氷が取り除かれ脇に置いてあった。ネコが水を飲めるように誰かが除けておいてくれたのだろう。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年02月25日

凍死

寒い日が続いている。暑さには比較的強いが、寒さにはまるっきり弱くて、日に何度か「寒くてホントいやになっちゃうよ」と独りごちるのは、8月が生まれ月のせいだろうか。

この寒さのせいで、自由人が暮らす公園でとうとう犠牲者が出てしまったそうだ。その人は、ネコサポーターからエサやりを頼まれている自由人とは少し離れたところで暮らしていた。人を威圧するような鋭いまなざしを、いつも行き交う人たちに向けていた。

昼間の公園では、身の回りの荷物はきちんとまとめておいて、生活の匂いを消しておかなければならない。しかしその人は、寝袋はそのまま、おまけに生活臭の漂う雑多な物をその周囲に乱雑に放置していた。そんな状態だから、園内パトロールの人に注意されていたはずなのに、改善される気配はいっこうになかった。

日が暮れてきても、自由人のように組み立て式仮設住居の設営を始めることはなく、そのまま寝袋に入って夜を迎えていた。雨の夜は、近くの建物の軒下に移動して、そこで一夜を過ごしていたようだった。

無類の酒好きで、いつもどこからか調達してきたお酒を飲んでいて、酩酊状態でいることが多かったそうだ。アルコール依存症ではないかとも言われていた。酒のために職を失い、身を持ち崩したらしいという噂も流れていた。福島大学を首席で卒業したという自慢話を耳にした人もいた。

何日か前に、賞味期限切れのカップ酒を50個ほど手に入れて、一日中飲み続けていたそうだ。酔いつぶれてしまっては、日が暮れても夜を迎える準備はできない。寒さに無防備な状態のまま寝入ってしまったのだろう。

明くる日散歩に来た人が、お尻を出したまま横たわっているその人を見て、風紀上の理由で苦情の電話をしたそうだ。連絡を受けた係の人は、現場を確認するとすぐさま救急車を呼んだ。ところが駆けつけた救急隊員は、担架に乗せて運ぶことなくそのまま帰ってしまった。入れ違いでやってきたのは、警官だった。体に傷があったので、事件性の有無を確認するため、周囲の人たちに事情聴取をしたそうだ。

その人の身元を確認できる物は何もなかった。氏名も分からないのでは無縁仏になってしまう。ところだが指紋を照合したところ、身元が割れた。やはり福島出身だった。郷里の肉親と連絡が取れ、数日経たずして遺骨を引き取りに来たということだった。

私が公園に出向いた時には、その人が縄張りとしていた場所はすでに片づけられていた。彼がそこで暮らした痕跡は、何も残っていなかった。

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posted by 里実福太朗 at 00:39| 里ふくろうの日乗

2013年02月24日

大学ネコ

ちょっとした用事があって、千葉県内のとある大学に行ったところ、校内の植え込みにネコを発見、さっそく写真を撮らせてもらった。

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黒猫が2匹、茶トラが1匹。長毛の黒猫は近寄っても逃げなかったが、ほかの2匹は警戒心をあらわにしていて、近づこうとするとすぐ逃げようとする。栄養はゆき渡っているようだから、校内で誰かが…学生たちだろうか…サポートしているのだろうか。

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posted by 里実福太朗 at 23:05| 里ふくろうの日乗

2013年02月22日

ニャンニャンニャンの日

今日は猫の日、どうして2月22日が猫の日になったのかというと、まあだいたいは察しはつきますが…「今日は何の日」には次のような説明が載っています。

英文学者の柳瀬尚紀氏らによる「猫の日制定委員会」が1987(昭和62)年に制定。ペットフード工業会が主催。
「ニャン(2)ニャン(2)ニャン(2)」の語呂合せ。全国の愛猫家からの公募でこの日に決まった。
…「今日は何の日」 http://www.nnh.to/02/22.html

人間が勝手に決めたのだから、ネコ自身がどう思っているのかは分からない。全国の愛猫家が、ネコのために祝宴を催すという話もあまり聞いたことがない。この日に、大間のマグロの赤身でも食べることができるのであれば、ネコも今日が特別な日だと少しくらいは思うかもしれない。

猫の日ということで、朝日新聞夕刊で谷中の猫を取り上げていた。東京の猫スポットとして広く知られるようになった町ではあるが、有名になりすぎてネコ写真家たちがどっと押し寄せているのではないかと勝手に想像して、なかなか足がそちらに向かない。

先日ネコ公園で出会った若手落語家さんも、谷中に行ってネコ写真を撮ったことがあると言っていた。ネコの写真を撮っていると、どこかのおばさんに…多分地元の人なんでしょうね、「かってに撮らないでよ」としかられてしまったそうだ。多分そんなことがあったから、4匹ほどのネコに囲まれて、石にデンと座っている私を見て、「ネコの写真を撮ってもいいでしょうか」と声を掛けてきたのだろう。

谷中のおばさんは、カメラを持った人間がたくさん押し寄せて来て、路地の奥深くまで入り込んで撮影する傍若無人な振る舞いをかねてより苦々しく思っていたのだろうか。それとも、自分たちがエサ代を工面して面倒みているんだという気持ちが屈折してそんな叱責の言葉を吐かせたのだろうか。そのおばさんの心中を推し量ることはできないが、有名になりすぎると往々にしてそういうことが起こる可能性があることを、わきまえておかなければなるまい。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年02月19日

バレッタの街並み

マルタから二ヶ月以上もかかってやっと届いたの例の絵はがきについて、アカイヌさんが新たな情報を夫人に教えてくれたそうだ。それによれば、絵はがきの消印は、
2012年12月1日 午後7時
となっていて、37セント(1ユーロは100セント)の切手が二枚貼られていたそうだ。

ということは、絵はがきはホテルから郵便局へとちゃんと届けられたということで、その後何らかの問題が発生したものと思われる。それにしても長い寄り道だった。二通の絵はがきは仲よくどこをどう巡ってきたものか、想像するのもおもしろい。

さて、マルタ共和国の首都バレッタのことに戻ろう。バレッタまでは、ホテル近くのバス停から小一時間かかる。ホテル周辺は郊外の新興住宅地という感じだが、バレッタには古い建物がいたるところに残っていて、歴史の重みを感じさせる街並みが続く。

地図で見れば一目瞭然だが、通りは碁盤目のように整然と区切られている。バスターミナルから北東に延びるメインストリートは人通りが多いが、それと直角に交わる路地に入っていくと、無人の街に足を踏み入れたような錯覚に陥るが、時おり通り過ぎる人の姿や、出窓に見える物などが、人びとの暮らしがそこにあることを教えてくれる。

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〔OLD BAKERY STREET〕
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〔BOUNTY STREET〕
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2013年02月17日

マルタからやっと届いた絵はがき

マルタから日本のアカイヌさんに送った絵はがきが、最近になってやっと届いたそうだ。夫人によれば、マルタの宿泊先のホテルから、日本に戻る前に届くようにとエアーメールで送ったそうだが、日本に帰ってからアカイヌさんにたずねてみたらまだ届いていない由、都心に住む息子にも出してあった故、確かめてみると、そんなもんは届いてないよ、と素っ気ない返事だったそうだ。

依頼したフロントの女性が、まだ新米さんのようでまごまごしていたから、何かの手違いで船便になってしまったのだろうか、もし船便扱いになってしまったのなら、マルタから日本までどのくらいの日数が掛かるのだろう。しかし、大きな荷物ならともかく、絵はがきを船便で送る人などいるのだろうか。

夫人は確かにエアーメールと表書きしたという。船便扱いになってしまった可能性が低いとすれば、フロント係の女性が何らかのミスをして、ほかの書類の中に紛れ込んでしまい、まだホテル内のどこかに留まっている可能性だってあるかもしれない。

重ねられた書類の中なのか、船に乗せられてどかの海をのんびりと航海しているのか、それとも乗るべき飛行機を間違えて、地球のどこかを飛んでいるのだろうか、マルタから帰って来た当座は、多少の興味をもって絵はがきの行方を想像してみたりしたのだが、年が改まりマルタ旅行の記憶が薄れていくにしたがって、いつしか絵はがきのことも忘却の彼方へと遠ざかっていってしまった。

その絵はがきが、二ヶ月も経ってやっと届いたということなのだ。アカイヌさんに届いたなら、息子にも届いているかもしれないと問い合わせてみたら、最初は届いてないという返事だったが、その後もう一度郵便受けを確かめに行ってみたら、絵はがきが入っていたそうだ。

かくしてマルタから日本に宛てた二通の絵はがきは、二ヶ月にも及ぶ長旅を終え、やっと日本にたどり着いたのだった。一体どこを巡りめぐって来たんだろうと疑問は尽きないが、その一方でよくぞ無事に届いたものだという驚きも禁じ得ず、ここは長旅の労苦をねぎらってやることにしておこうか。

我が身を顧みれば、絵はがきのことばかり責めるわけにはいかない。当方のマルタの旅も、やっとバレッタに着いたところで止まってしまっていたのだから。そろそろネコをさがしに、バレッタの町を歩きまわってみようか。

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2013年02月13日

出会いを招く猫

先週に引き続いて降雪の予報が出ていた。ただ前回の失敗があるので、その予報はかなり慎重に出されていた。そのせいか今回も雪は降らなかったが、交通機関の混乱はなかったようだ。

日中は冷たい風が吹いていた。2月も中旬近くになれば、陽射しはどことなく春めいてくるものだが、かすかな春の恵みさえ感じられず、池のほとりでは北風が吹きすさんでいた。

そんな冷たい風を避けるためなのだろう、何匹かのネコたち…ミー・チー・アメ・ラクちゃんらが、建物横の陽だまりで思いおもいに過ごしていた。当方も彼らの仲間に入れてもらって、冷えた体を温めたのだった。

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一人の若者がカメラを携えてやってきたのは、そんな時だった。歳のころは三十代半ばくらいか、もしその見当があたっていれば、若者と呼ぶのはかえって失礼になるかもしれないが、活力に満ちた気配からは若者と呼んでも差し支えないようにも思われた。

ネコの写真を撮ってもいいかと尋ねられた。ネコの写真を撮りに来る人は数多くいるが、当方に撮影の許可を求めた人などいなかった。なんて律儀な人なんだろう、そんな気兼ねなどせず自由に撮ればいいのにと思ったが、いろいろ言葉を交わしているうちに、それなりの理由があることが分かった。

さらにいろいろ話しているうちに分かったことだが、彼は落語家さんで、近くの演芸場での高座をつとめた後、このネコ公園に来たということだった。次の出演日時を教えてもらい、都合がつけば落語を聞きに行きますよ、と言って別れたのだが、残念なことにその日は写真塾の講座の日と重なっていた。彼の落語を聞くのは、別の機会に譲るより仕方がない。
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2013年02月11日

子規庵再訪

『北田英治とゆくダウンタウン「日暮里・鴬谷を歩く」』は、建築塾の講座として企画されたものだが、ありがたいことに写真塾の受講生も参加可ということで、当方も参加させていただいた。「子規庵」にも立ち寄るということだから、参加しないわけにはいかない。

以前「子規庵」を訪れたのは、イチハツが咲くころだった。死期が近いことを思う子規は、前庭に咲くイチハツを見て、「いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春行かんとす」と詠んだのだが、生前の子規が見たイチハツの花を、同じ季節に訪ねて見ておきたいと思ってのことだった。

このことはすでに書いたことではあるが、その時、子規庵保存会の方から伺った話では、現在の子規庵は当時とだいぶ植生が変わってしまい、残念ながらイチハツもすでに無くなっているということだった。

子規庵内部が撮影不可となっていることは、以前と変わりはなかったが、庭を撮ることは可能であることが分かり、随筆「小園の記」に描かれた前庭の様子を写真におさめることができた。

『園は家の南にありて上野の杉を垣の外に控へたり。場末の家まばらに建てられたれば青空は庭の外に広がりて雲行き鳥翔る様もいとゆたかに眺めらる。』
【小園の記】里実文庫より
http://bunko1.satobn.net/syoko/satomi/siki/syoen.html

「小園の記」によれば、庭の垣の周りには上野の杉が植えられ、近隣の家はまだ多くなく、庭の外に広がる青空を眺め渡すことができたそうだ。今では庵の周囲には杉の代わりにビルが林立し、それらに切り取られた四角い青空が見えるだけとなってしまった。

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子規庵は昭和20年4月14日の空襲により焼失したが、その後昭和26年に、ほぼ当時の姿のままでで再建されたということだ。病間前の糸瓜棚も再現され、再訪した時も大きな糸瓜がぶら下がっていた。それを見ると、あの糸瓜を詠んだ「糸瓜咲きて痰のつまりし仏かな」をはじめとする絶唱三句がいやが上にも思い出されてくる。そして病に伏せる子規にとって、痰を切ることがいかにたいへんなことであったかを想像するのである。

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2013年02月06日

雪の公園を見るつもりだったが…

予報では未明から雪が降り出し、今日は大雪になる可能性があるということだった。深夜の0時40分頃から雨の音が聞こえてきた。そのうち雪になるのだろうと思い、何度か外の様子をうかがったが、雪になりそうな気配はなかった。

もし雪になったら、ネコ公園に出かけて雪景色の中のネコたちを撮ってみようといつもより早く起きた。雨戸を開ける前から、予想はついた。雪が降り積もっていれば、わずかな音でも雪に吸い込まれ、外の世界は静寂に包まれているものだが、そういう感じがまったくなかった。

雨戸を開けて確かめてみれば、予想通り細かい雨が音もなく降っていた。雪景色を撮れないのは残念だが、出かける前に雪かきをする必要もはなく、交通機関が乱れることもなく勤めを持っている人には幸いな朝となったことだろう。

それでも出かけたのは、冷たい寒い雨に降り込められたネコたちの様子を見ることと、都の美術館で催されている「日本大判写真展」を観ておきたいという目的もあったからだった。

電車が都心に近づくにつれて、車窓には雪の影がチラチラと見え始めたが、積もるほどの量ではなく、ネコ公園でも雪のかけらなど見えるはずもなく、ただ寒々とした雨が降っているだけだった。こんなに冷たい雨の降る日、自由人はどのように過ごしているのだろうか、そして自由ネコたちはどこで雨宿りをしているのだろうか。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年02月05日

バスに乗ってバレッタまで

マルタには電車がない。公共交通機関はバスだけである。移動手段は、徒歩・自転車・バス・タクシーそしてフェリーである。ホテルから首都バレッタに行くには、バスかタクシーを利用することになる。ただし、タクシーはまず値段交渉しなければならないと聞いていたので、そんな面倒なことはしたくないから、自ずとバスを利用することになってしまう。

以前は、バスの持ち主が路線バスを運行するという珍しいシステムだったそうだが、今は普通の運行システムになっている。運賃は乗車距離で決まるのではなく、以下のように時間で決められている。

2時間券…2.20ユーロ
一日券…2.60ユーロ
7日券…12.00ユーロ

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ホテルにからバレッタへ行くには、ルート13のバスを利用する。一番近いバス停は、Pembroke「Portanier」で、ホテルから歩いて10分足らずの所にある。

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前ドアから乗車し、チケットを前もって購入していない場合は、ドライバーから購入する。降車する場合は、次のバス停を示す車内の電光表示板を確認して、日本のワンマンカーと同じようにボタンを押して知らせる。

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途中で乗り込んできた二人連れの女性と、向かい合わせに座ることになった。どんなきっかけだったのかは思い出せないが、夫人と会話が弾み…当方はどんな話をしているのかほとんどチンプンカンプンだったが、二人が親子でイギリスから来ているということは分かった。バレッタの手前で二人が下車する際、その老婦人は、夫人の頬に顔を寄せてキスをした、そして私にまで…当方にとっては思いがけないことではあったが、その老婦人が暮らす国では自然な別れの挨拶だったのかもしれない。

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【バレッタのバスターミナル】
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posted by 里実福太朗 at 23:50| ★マルタ紀行

2013年02月04日

マルタ島サンジュリアンズのベイストリートあたり

 
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マルタ島サンジュリアンズのベイストリートあたりは、マルタで2番目の繁華街らしい。すれ違う人と肩が触れ合いそうになるほど狭い坂道の両側には、ネオンまたたく飲食店が軒を並べ、坂道にしつらえられた階段を上り下りしていると、たしかにそのことが実感となって伝わってくる。


その雰囲気は、渋谷や新宿などの繁華街と相通じるものがあると感じられる。坂道を伴うという点を入れれば、より渋谷に近いと言うべきであろうか。ただ、繁華な街並みが続くのはそれほど広くない限られた地域である。渋谷をかなりコンパクトに圧縮したという感じの街である。

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[夜のベイストリートあたり]
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posted by 里実福太朗 at 23:40| ★マルタ紀行

2013年02月03日

黒猫のエサ場はドアの前

アルカディアの行き来には、ベイストリートを経由することが多かった。海沿いの道と所要時間はあまり違わなかったが、ある日の宵、アルカディアからベイストリートへ向かう途中で、黒猫と出会うことがあって、もう一度そんな機会が訪れることを願ってのことだった。

その時黒猫は、とある家の戸口の前で夕ごはんをもらって食べていた。その家の飼い猫であるのかどうかは分からない。ただ、ドアの外でエサをもらっているところをみると、いわゆる地域猫として面倒をみてもらっていたのかもしれない。

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近づいてカメラを構えても逃げようとはせず、一心不乱に食べていた。警戒心を抱かせないように言葉を掛けながら撮影していると、その声が聞こえたのだろうか、ドアが開いて人の影が見えた。初老の人のようで、顔は逆光でよく見えなかったが、全体的な様子からは穏やかそうな雰囲気の人に感じられた。

「グッドイブニング」とでも挨拶すればよかったのかもしれないが、こちらの様子をジッと見据えている様子なので、猫を撮っているのだということを分かってもらうために写真を撮り続けていた。しばらく張り詰めた空気が漂っていたが、こちらが猫に害を及ぼすことはなさそうだと見て取ったのか、そのうち家の中に入っていった。

その後何回かベイストリートを通ることがあったが、その黒猫と出会うことはなかった。

posted by 里実福太朗 at 23:53| ★マルタ紀行