2013年07月07日

「たなばたさま」の真実

近所のスーパーに行くと、店内に「たなばたさま」の曲が流れていた。今日は7月7日、今年もまた七夕の節句が巡ってきたのだ。曲を聞いているうちに、おのずとその歌詞を口ずさんでいた。そして同時に、あの作詞者にまつわるなやましい問題が思い出されてきたのだ。

グーグルなどで検索してみればすぐ分かることであるが、「たなばたさま」の作詞者の名前は以下のような三通りの形のいずれかで記載されていることが多い。

1.作詞 権藤はなよ
2.作詞 権藤はなよ 補作詞 林柳波
3.作詞 権藤はなよ/林柳波

1の場合は、作詞者は権藤はなよのみ、2の場合は権藤はなよが作詞してそれに林柳波が手を加えて完成させたことになり、3の場合は二人の共作となる。

一般的に多く見られるのは2の場合で、 ウィキペディアの林柳波の項でもそれを採用している。この記事は、 2004年11月20日に再投稿されている。その後加筆・修正が行われ、 2012年12月8日を最後として更新されていない。以下に最新版から引用する部分は、2004年11月20日の版と比べてみても重要な点での異同はないので、ある程度の信憑性はあると考えられる。

林柳波〕…ウィキペディア

『当時文部省唱歌は作者名を公表しないことになっていた。柳波は、野口雨情の弟子、権藤花代の童謡詩『タナバタサマ』が選考に漏れたのを補作して委員会で再議し、採用された。』

これだけを読めば、そういうこともあったのかなと思うだけで特に疑問を感じることはないかもしれないが、次に続く部分を読むといったいこれはどういうことなのかと疑問が頭をもたげ始めてくる。

『これは後に、第二次世界大戦後、作者名が公表されるに及んで、林柳波が盗作疑惑を受ける原因となった。』

冒頭の『これ』という指示語は何をさしているのだろうか。第一文だけを指していると受け取ることもできるが、二つの文全体を受けていると理解するのが自然である。要点をまとめれば以下のようになろう。

戦後、林柳波が盗作疑惑を受けた原因は以下の二点である。
(1)第二次世界大戦以前は、作者名は非公表であった。
(2)柳波が補作して採用された。

しかし、『補作』しただけで果たして盗作疑惑という騒動が起こるものだろうか。その間のいきさつが具体的に示されていれば納得がいくのだが、その点については一言も触れていない。そういう中途半端な書き方が、かえってこの投稿者は何か重大な事実を隠そうとしているのではないだろうかという疑念を引き起こすのだ。

林柳波が盗作疑惑を受けたことについて調べておきたいと思いつつも、なかなかその機会を持てずに今年もまた七夕の日がやって来てしまったのだった。

「たなばたさま」に関してネット上に何か新しい事実が載っていないものかと調べてみたところ、ウィキペディアの「権藤はなよ」の項が大幅に加筆・修正されていて、そこに新たな事実が記載されていた。また、「なっとく童謡・唱歌」というウェブサイトに載っている画像が、その事実の信憑性を補強することにもになっていた。

ウィキペディアに権藤はなよの記事が初めて投稿されたのは、2010年10月5日のことだった。何回かの加筆・修正が行われた後、 2011年9月14日以降は一人の投稿者が何度も何度も版を重ねて現在に至っている。その執念たるや、すさまじいものを感じる。

権藤花代〕…ウィキペディア

最新版の投稿日は2013年7月1日である。そこに記載されていることを、年代を追ってまとめてみよう。

昭和16年…作者名は不記載
『「うたのほん 下」(国民学校2年生用)に掲載された』

昭和26年〜昭和31年
『春陽堂教育出版は歌詞の「ごしきのたんざく」の部分だけを「きれいないろがみ」と書き直し、林柳波作として「たなばたさま」を五年間にわたって掲載し続けた(教科書番号109、113)』

昭和28年
『教育芸術社は、作曲者である下総皖一校閲の『一ねんせいのおんがく』(教科書番号131、136)を発行。歌詞は、国民学校教科書初掲出の「ごしきのたんざく」で、作者は、<うた ごんどうはなよ・きょく しもふさかんいち>と記載されている。』

昭和36年…権藤はなよの没年
『少年少女歌唱曲全集『日本唱歌集(4)』ポプラ社 に収録されている「たなばたさま」は、権藤花代作詞、下総皖一作曲となっており、奥付にはJASRACの印がある。』

昭和42年
『日本音楽著作権協会は〜(中略)〜『日本音楽著作権協会管理唱歌作品集』45頁に「たなばたさま」の作詞者名を「権藤花代・林柳波」と連名で記載した。』

以上の中で最も重要な点は、昭和16年「うたのほん」に採用された「たなばたさま」の一部分「ごしきのたんざく」だけを「きれいないろがみ」と変更して、さらに作者名を「林柳波」としている点だ。

これが林柳波によって補作された形なのだろうか。仮にそうであったとしても、原詩の作者はどこへいってしまったのだろう。「作詞 権藤はなよ 補作詞 林柳波」とはなっていないのである。作者は、林柳波だた一人なのである。

この盗作疑惑に関わる決定的な証拠が、前掲の「なっとく童謡・唱歌」というサイトに載っている。「たなばたさま」が林柳波作として載っている教科書の画像だ。それを見ると、たしかに『林 柳波 作詞』と記されていて、歌詞の二番の冒頭は『きれいな いろがみ』となっている。

『文部省検定済教科書『あたらしいおんがく一ねん』(春陽堂発行)昭和25年発行(教科書研究センター附属教育図書館蔵書。2013年3月27日調査)。』
…なっとく童謡・唱歌

権藤(旧姓伊藤)はなよは、山梨県の穴山村(現在は韮崎市穴山町)の出身である。かねてよりその穴山で、地元住民によって「たなばたさま」の詩碑が建てられ、七夕の日に除幕式行われる聞いていた。今日がその七夕の日、天の川の彼方からその様子を眺めているのであろうか。

〔童謡たなばたさま「発祥の地」PR 穴山住民、権藤花代の功績を碑文に〕
…山梨日日新聞 2013年06月19日(水)

なお権藤はなよの遺骨は、夫・権藤円立の出身地である九州延岡の「光勝寺」の納骨堂に納められている。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗