2012年10月06日

本邦のネコサポーター

一方、本邦ネコ公園のネコサポーターは、今まで知り得た限りでは、全部で6人である。その中で、現在も定期的にエサやりを続けている人は二人だけである。一日二回、自転車に乗ってエサやりポイントを巡回している人、不思議な関係の二人組の片割れ、この二人である。

以前、高齢の女性が週三回エサやりに来ていたが、プツリと途絶えてしまった。そのことを自由人に話すと、
「レンタルおしぼりの店に勤めていたんだけれど、不景気でつぶれてね。エサ代だってバカにならないから、収入が無くなれば、エサやりにも来られないっていうことなんだ」
と、教えてくれた。自由人は、ほんとうに何でも知っている。
「以前は、その人の旦那さんがエサをやっていたけど、亡くなって、そのあとを引き継いだということだ。ほら、そこの奥の方にいるネコ、チャコはその旦那さんだけにはなついていて、あとを継いだその人にも心を許さなかったな」
「たしかにチャコは、警戒心が強いですね。近づくと、すごい形相でフッ〜と威嚇します」
「そうでしょ、可愛げがないんだ」

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チャコ


しばらく姿を見ることのなかったフウ太の名付け親に、久しぶりで会った。マンション管理人のネコサポーターの姿を、近ごろ見かけなくなっていたので、消息を尋ねてみた。その二人は、ネコサポターとして互いに連絡を取り合っているようなことを、聞いたことがあったからだ。
彼女の言によれば、
「暑いからさぼっていたのよ」
ということのようだった。ならば、フウ太の名付け親も暑い時期は、避けていたということだったのだろう。

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フウ太


残りの一人は、近くの資料館で働いている人。仕事の合間にネコたちの面倒を見ている。初代のチビは、この人が引き取って面倒を見ている。かなりの肥満体になっているらしい。

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初代チビ


自由人もエサやりを続けてはいるが、頼まれてしていることだから、ネコサポーターとしてカウントするのは適当ではないので、数の中には入れてない。毎朝6時頃、ポン太らにエサをあげてくれているらしい。
posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年10月03日

マルタのネコサポーター

マルタ島にたくさんのネコがいることは、以前にも書いたことがある。その島で暮らすネコたちの多くは、飼い主のいないネコらしい。人間に寄り添って暮らすように仕向けられてきたネコたちは、エサをやって命を支えてあげる人たちがいなければ暮らしていけないはずである。きっとマルタにも、ネコサポーターのような人たちがいるのだろう。

マルタ島に関する知識を得る必要があって、夫人が「マルタ島に魅せられて」という本を図書館から借りてきた。筆者は、養護教諭を経て、精神科医のご主人の仕事の関係で、マルタで2年間を過ごしたそうだ。実際にマルタの日常の中に身を置いただけあって、旅行者では知り得ないマルタ人気質や暮らしぶりなどが詳しく述べられている。

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ネコに関する記述はあまりないが、かろうじて『ネコにいさん』という項にマルタネコに関することが書かれてあった。以下、内容を簡単に紹介してみる。

マルタではイヌよりも圧倒的にネコが多く、目にする場所は、港・公園や裏通りに駐車した車のかげなど、やせていることはなく、おだやかでのんびりした顔つきをしている。道行く人が頭を撫でてもいやがるそぶりはない。

スリーマの岬に、何十匹かの猫が仲よく暮らしている公園がある。島の西端のメリーハから、朝夕の二回、一人の青年がオートバイでやって来て、エサをやりながら猫とのひとときを楽しんで帰っていく。ところが、突然来なくなってしまった。交通事故で入院してしまったのだった。3ヶ月におよぶ入院生活を経て、オートバイに乗れなくなった青年は、中古の車に乗って再びネコ公園に姿を現した。入院中は、猫のことがずっと心配だったと話す青年に、筆者たちはエサ代をカンパしたのだった。

マルタの自由ネコたちも、こういった人たちに支えられて、安穏な日々を送ることができるのだろう。
posted by 里実福太朗 at 23:55| ねこ

2012年09月26日

自由人の仕事のお手伝い

先週は、ハチに会うことができなかった。エサやりをネコサポーターから頼まれている自由人に尋ねると、
「毎朝来ていますよ」
と言う。
「近ごろは、親分気取りで、黒ネコを二匹引き連れて来ます」
とも言う。
「エサは、いつ頃あげるんですか」
「6時ごろかな。まだこちらが寝ている時に、シートをガリガリ引っ掻いたり、ニャーニャー鳴いたりすることもあって…エサの催促だね、まいっちゃうよ」

それにしても、6時は早い。だいぶ前になるけれど、始発電車で行ったことがあったが、それでも公園に着いた時は、6時を回っていた。
「それにしても、6時は早すぎるナ〜始発でも間に合いません」
「いや、もっと遅く来ても大丈夫ですよ、しばらく近くにいますから」
そこで、午前中の早い時間帯に行ってみることにしたのだった。

自由人たちも、仕事はしている、空き缶集めが主たる仕事であるが…ある時、中年のおばさんが、ビニール袋を持って来て、自由人に手渡したことがあった。
「何を持って来たんですか」
「空き缶」
「空き缶? 何の空き缶ですか」
「アルミ缶、スチール缶はダメ、アルミ缶だけ」

缶を集めることで、どれほどの収入が得られるのかは分からない。わずかなものなのかもしれない。ただ、彼らは一生懸命それに打ち込んでいる。秋葉原まで、さらに神田川が隅田川に流れ込むあたりの柳橋まで、あるいは池袋あたりまで行くこともあるという。もちろん歩いて行くのだ。

このことを聞いていたから、家でアルミ缶を集めてもらっていた。少したまったので、あのおばさんのようにビニール袋に入れて持参したのだった。いつもの場所で朝のひとときを過ごしていた自由人は、近ごろは当方の姿を認めると、「やァ」という感じで軽く黙礼する。
「これ、わずかばかりですが」
「すみません、ありがとうございます」
と言いながら、うれしそうにビニール袋を受け取った。
「ポン太はいるよ」
とあたりを見回したが、姿は見えない。
「あれ、今までいたんだよ…今朝は、3匹並んでエサを食べてたんだけどな〜」

残念ながら、一足遅かったようだ。
「じゃ、また夕方来ます」
と告げて、次の目的地に向かったのだった。今日は、二つの写真展を観てまわることにしていたのだ…六本木そして銀座という順序で。

posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年09月20日

猫好きの中国娘

二人組のネコサポーターがやってきたのは、四時近くになってからだった。二人が来ると、どこからともなくネコたちが集まってくる。みな顔なじみのネコばかりだ。チー・ミー・ボンちゃん、それにフーちゃんが、ユッタリとした足取りで近づいてくる。新顔の子ネコのチビは、エサには興味を示さず、ぴょんぴょん跳ねて遊んでいる。

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満腹になれば、少し離れた場所へ移動して、顔を洗うのがお決まりの行動パターン。ところが近ごろのフーは、食べ終わってもその場にとどまり、ネコサポーターの近くで寝そべって、池を眺めながら安寧なひとときを過ごすことが多くなった。
「こうなると、家ネコと同じだな」
と、サポーターがひとりごちた。通りすがりの人は、
「ネコがいる」
「かわいい」
などと言ってケータイのカメラを向けるが、近寄ってくる人はあまりいない。だから、二人連れの女の子が近づいてきた時には、一同の目はいっせいにその二人に釘付けになった。

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二人は躊躇する様子も見せずに近づいてくると、フーにケータイカメラを向けてひとしきり撮り、そして大胆にも頭とか背中を撫で始めた。フーは、今はだいぶ慣れてきておとなしくなり、人に爪を立てることは少なくなったが、以前はエサをあげるネコサポーターにも、引っ掻いたりかみつくことがあった。

ところが、その若い女の子が撫でても、まったく爪を立てず、拒絶しようとする態度は示さない。かえってゴロンと横になり、お腹を出して見せるのだ。そして気持ちよさそうにさすってもらうのだった。ちなみに、フーは去勢手術を受けているオスである。

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二人がボソボソと小さな声で話しているのが聞こえた時、ネコサポーターの表情が険しくなったように感じられた。見つめる視線に、鋭さが加わったようだった。聞こえてきたのは、中国語だった。

中国語が耳に入った刹那、彼の脳裏に、中国での反日デモ…中国政府扇動の騒乱と言った方がいいのかもしれないが…その悲惨な光景が浮かんだのかもしれない。たぶんそうだったのだろう、連日その映像がテレビで流され、新聞もその記事に多くの紙面をさいていたのだから。

中国に在留している日本人は、戦々恐々として暮らしていると伝えられている。日本にいる中国人は、どうなのだろうか。中国人ほどではないにしても、日本人の中にも熱くなりやすい人がいるから、多少の不安を感じている人がいるかもしれない。

目の前の二人組の中国娘は、彼の表情の変化を知る由もなく、無邪気にネコとじゃれ合って、平穏無事にその場を離れていった。
posted by 里実福太朗 at 23:56| ねこ

2012年09月18日

「マルタ島の猫」と「マルタ島の砂」

地中海のヘソと呼ばれているマルタ共和国には、ネコがたくさんいるらしい。国の総面積は300平方キロメートルを少し超えるぐらい(淡路島の約半分)で、人口は約41万人ということだ(外務省のウェブサイト情報)。嘘か誠か、その小さな島国に、人口の倍ほどのネコがいるそうだ。ただし、この情報の出どころはもう忘れてしまった。その真偽を確かめるためには、現地に飛んで直接この目で確かめるのが一番良いのだが…

とりあえずネットで検索してみると、出てくる出てくる、やはりマルタにはネコがたくさんいた。ただ、ネットにはネコの写真がたくさん載ってはいるが、ほんとうに人口の倍ほどのネコが生息しているのだろうか。マルタにネコが持ち込まれたのは、ペストがはやった時のことだとか…ペスト菌を媒介するネズミを駆除するためだったそうだ。以来、ネコたちは大切に扱われ、どんどん増えていったそうな。

【マルタ共和国 ネコ探し旅行記】2004.5~5.1
http://www.stella-stella.com/malta/01.htm

【マルタ猫だらけ♪】2006.11.04
http://4travel.jp/traveler/canossa1077/album/10103070/

【地中海で出会ったネコさんシリーズ マルタ2009編vol.1】2009.9
http://omushimejitrip.blog71.fc2.com/blog-category-20.html

話はかわるが、昔、「マルタ島の砂」という曲がはやったことがあった。トランペットを中心とした器楽による曲で、その軽快なリズムが記憶に残っている。調べてみると、「ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス」というグループが演奏して、1970年にヒットした曲だった。

「ハーブ・アルパート」、聞き覚えがありますね。その曲を聴いてみたくて調べてみたら、YouTubeにアップされていました。

【マルタ島の砂The Maltese Melody/Herb Alpert & Tijuana Brass (1970年) 】
http://www.youtube.com/watch?v=A80tM_3_C0w

この曲を聴いていて、若かりし時にお世話になった深夜番組「オールナイトニッポン」のテーマ曲を思い出した。「マルタ島の砂」と同じく、トランペットで奏でられた軽快な曲だった。ついでにそれも調べてみたら、こちらもYouTubeにアップされていた。曲名は「 bitter sweet samba」、演奏はやはりハーブ・アルパートとティファナ・ブラスだった。

【 オールナイトニッポンのテーマ曲 】
http://www.youtube.com/watch?v=3gqHExUQmUI&feature=related

【ビバヤング オールナイトニッポン 】
http://www.youtube.com/watch?v=FuxZo1cOuPk&feature=related
posted by 里実福太朗 at 23:39| ねこ

2012年09月14日

蚊に好かれるネコとそうでないネコ

チェシャ猫の写真を撮っている時、自転車に乗って、例のネコサポーターが通りかかった。当方の姿を認めて、話しかけてきた。
「木の上に、ネコがいるよ」
「いま、そのネコを撮ってたんですよ」
「さっきエサを食べて、それから木に登っていったんだ。チビちゃん、目をあけてごらん、かわいく撮ってもらいな」

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そのチェシャ猫は、チビという名前だったのだ。すでにチビという名のネコは3匹いるから、これで4匹目となる計算だ。チビと名付けられているからには、いずれも子ネコの時に、この公園に捨てられたのだろう。

「こいつは、耳の後が真っ赤なんだなァ」
「どうしたんですか」
「蚊にやられたんだよ。かゆいから引っ掻くだろ。こないだ薬を塗ってあげようとしたら、逃げられたよ。それ以来、警戒されちまった…」
「涼しくなって、蚊が出なくなれば、なおるんでしょうね」
「あァ、なおるだろう」

耳の後ろが赤くただれたようになっているネコは、何匹か見たことがある。みな、同じように蚊に刺されたのだろう。ただ、蚊の被害に遭っていないネコもいる。その違いは、どこにあるのだろうか。人間にも蚊に刺されやすい人と、そうでない人がいるように、ネコにもそういう違いがあるのだろうか。

耳以外に、鼻を刺されたネコもいる。鼻に赤い点々のあるネコがいたので、ネコサポーターに訊いたところ、蚊にやられたということだった。鼻も、刺されているネコと、そうでないネコとがいる。「フウ」という名のネコも、以前はきれいな顔だったのに、今年は蚊にやられてしまった。

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posted by 里実福太朗 at 23:51| ねこ

2012年09月13日

チェシャ猫

そのネコは、その日も同じ木の上で気持ちよさそうに寝ていた。今夏、そういう場面に遭遇したのは、これで3回目のことだった。去年の夏にも、同じ木の上で眠りを貪るネコを見たことがあった。茶トラのネコだったから、たぶん同じネコなのだろう。

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ネコは、ネコだから木に登ることは得意であるはずなのに、木の上で寝ているネコはあまり見たことがない。日の当たらない地面の上で、丸くなって寝ている姿を見ることの方が多い。ヒンヤリとして、その方が気持ちがいいのかもしれない。

さて、そのネコの写真を撮って夫人に見せたところ、「チェシャ猫」に似ていると言って、ネットに載っていた「チェシャ猫」の絵を印刷して見せてくれた。ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に登場する「Cheshire-Cat」だった。

【[アリス]チェシャ猫劇場】
http://d.hatena.ne.jp/chaturanga/20070813/p1

木の上から女の子を見下ろしているネコは、例のネコと同じトラ猫だった。物語の中の「チェシャ猫」は、ニヤニヤ笑いながら、しっぽの先からゆっくりと消えてゆく。そして、ニヤニヤ笑いの顔も消えてゆく。ところが猫は消えても、ニヤニヤ笑いだけはしばらく残っていた。

トラ猫であること、木の上から見下ろしていること、この点は「チェシャ猫」と同じだが、ニヤニヤ笑いながら消えてゆき、あとにニヤニヤ笑いだけを残すなどという芸当は、その猫にはできそうにもなかった。しばらくこちらの様子をうかがってから、舌を出しながら不気味な薄笑いを残し、再び目を閉じて眠りに落ちていった。

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posted by 里実福太朗 at 23:56| ねこ

2012年09月07日

「バステト」の像

イエネコの発祥の地は、古代エジプトだと言われてきたが、近年、キプロス島が、最初に飼い慣らした地であるとする説(「サイエンス」、2004年)が発表されたそうだ。

それはそれとして、古代エジプト人たちもネコを敬愛し、エジプトの神話には、ネコが神格化されて、「バステト」という女神となって登場するということだ。その女神「バステト」の像が、実は手もとにあるのだ。

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先日のこと、上野公園からの帰りに、京成上野駅の構内で買い求めた。現在開催されているツタンカーメン展を記念して…便乗して、なのかな…臨時に出店しているらしい(9月30日まで)。その優美な曲線を描くネコの姿態を一目見るなり、その像の前で足が釘付けとなり、ためつすがめつ眺めたあげく、衝動買いしてしまったのだった。

その「バステト」の像は、店番をしていた女性によれば、手作りのものらしい。台座の裏には、なにやらアラビア文字も記されている。エジプトのお土産店で売られていたものを、店のスタッフが買い付けてきたものかもしれない。

そんなことを思いながらも、よくよく見れば、「CHINA」の文字も見える。これは一体どういうことなんだろうか。エジプトで売られているお土産品は、中国で製造されたものなのか、それとも製造元の中国から直接日本へ輸入されたものなのか。

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手のひらに載せれば、小さいながらもズッシリとした重みが伝わってくる。素材は石なのだろうか。台座の金色が少しはげているのは気にしないことにしよう。そして、どこで造られたものなのかということも詮索しないことにしよう。なめらかに磨き上げられた、たおやかな姿を見ていれば、そんなことはどうでもいいことのように思われてくる。

posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年09月04日

三代目「チビ」

例の新顔の子ネコは、ネコサポーターたちが細心の注意を払って接してきた甲斐あって、少しずつ慣れてきて極端に怖がることが少なくなってきた。

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名前は、まだない。小さいから、どうしてもチビちゃんと呼んでしまうが、もしこのままチビという名前が定着すると、三代目ということになる。

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初代のチビは、ネコサポーターが引き取り、自宅で面倒をみているそうだ。二代目は、まだ自由ネコとして公園で暮らしている。共に、まだ小さい時に捨てられて、この公園の住人となったから、チビと呼ばれるようになったと思われる。

好奇心旺盛で、遊びたい盛りなのだろう、小枝の先を小刻みに動かすと、腰をさげて左右に振り、飛びかかろうとするる体勢をとる。そして小枝の動きを止めると、チャンスとばかりに飛びかかってくる。何度繰り返しても、飽きずに飛びかかってくる。

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遊びに熱中している時は、人目など眼中にない無防備さなのだが、まだ人間への警戒心が残っているのか、時おり我に返って、ピョンと跳びはねるようにして逃げていく。今が大切な時期なのだろうか。この時期に恐怖心を植え付けてしまうと、いつまでたってもネコサポーターにさえ心を許すことがなくなってしまうのかもしれない。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年08月23日

新顔の子ネコ

ネコ公園に、最近、見なれない子ネコがいることは複数のネコサポーターから耳にしていた。そのうちの一人から、
「今、エサを食べているわよ」
と教えられ行ってみると、こちらの気配を感じて、エサ場を離れてしまった。聞いていた通りまだ人を警戒していて、近づくとすぐ逃げ出してしまう。時間をかけて少しずつ間合いを詰め、仕切りの網越しになんとか撮ることができた。

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公園には、「動物の遺棄・虐待は犯罪です。」と注意書きした立て看板が設置されている。動物を捨てる行為は厳に戒められるべきことなのに、捨て猫とおぼしき子ネコが公園の新住民となってしまった。
 
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posted by 里実福太朗 at 12:03| ねこ

2012年08月21日

池のほとりはセミ時雨

木々は強い日ざしを浴びて、黒の際立つ濃い影を地面に落とし、公園の風景は、あたかもコントラストの強い写真を見ているようだった。涼風が池を渡って吹いてくれれば、人心地もつくというものだが、十二分に熱気を含んでしまった大気は、池のほとりをどんよりと包み込み、まったく動こうとしなかった。そして、響き渡るアブラゼミの大合唱が、暑さを倍加させていた。

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ネコサポーターからポン太へのエサやりを頼まれている自由人は、暑さのためなのだろうか、いくぶん赤みの差した顔をしてでいつもの場所で過ごしていた。
「エサは足りていますか」
「だいじょうぶですよ、いつもの人が、毎日来てくれますから」
「この暑さなのに、毎日ですか…今日はまだ姿が見えないようですが」
「旅行に行くといってましたよ」

以前、二人組のネコサポーターから、旅行の話は聞いていた。一ヶ月に一度、都心からさほど遠くない温泉地へ、泊まりがけで行っているそうだ。一日目は午後出発して、温泉につかって疲れをとり、翌日の午後、まだ日が高い時分に戻ってくるということだった。

「それにしても異常な暑さですね…体調はどうですか」
「マァ、なんとか」
「飲み物は足りてますか…あァ、そこに野菜ジュースがありますね」
自由人の傍らに、紙パック入りの野菜ジュースが数本並んでいた。
「これ? これは、賞味期限が切れてるんですよ」

公園で暮らす自由ネコには、ネコサポーターがエサを提供して、その命を支えている。そして、エサやりができない時は、自由人にエサを預けて、ネコが姿を現した時にエサをやってくれるよう頼んでいる。見方によっては、人間様よりネコの方が大切に扱われていることにもなる。そのことを、温厚そうな自由人はどう思っているのだろうか。表面的には、エサやりを嫌っているようには見えなかったが…。

熱中症にならないようにするためには、ノドの渇きを覚える前に水分を補給しておいた方が良い。自由ネコの世話をしてくれているせめてのお礼という名目で、近くのコンビニで飲み物を買い求め、差し入れとしたのだった。

posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年08月09日

自由ネコたちも夏ばて?

昼下がりのネコ公園は、まるで夏ばてしたように動きが止まっていた。池のほとりに設営された仮設テントでは、骨董市が開かれていたが(8月12日まで)、ひやかし客も少なく店の人も所在なさそうな感じだった。

自由ネコたちへのエサやり時間はもう過ぎてしまったのか、ネコサポーターの姿もネコたちの姿もなかった。ポン太を求めて、先日再会を果たした辺りに足を向けて行くと、ネコサポーターがエサやりを依頼している自由人の姿が目に入った。その人とは、ポン太の件で何度か声を交わしたことがあった。

こちらから声を掛ける前に、先方から軽く会釈をしてきた。それに応えながら近づき、
「ポン太は元気ですか」
と尋ねると、
「元気ですよ」
と言いながら後を振り返った。しかし、そこにポン太の姿はなかった。
「さっきまでいたんですよ…」
なんとなく申し訳なさそうな口ぶりだった。
この自由人は、穏やかな感じの人で、知的な印象もある。どうしてこのような生活を送っているのか、そのあたりのことを訊いてみたい気もするが、赤の他人が、そういった微妙な部分にズケズケと入り込んいくことは、まだ避けた方がよさそうだった。
「いえ、元気であればいいんですよ。また来ます」
それだけ言って別れたのだった。

骨董市を横目で眺めながら来た道を引き返し、テントが尽きる辺りまで来ると、そこに一匹のネコの姿があった。今までに何度か見かけたことはあるが、ネコサポーターにもあまり慣れてなくて、エサをもらう時だけ来て、食べ終わるとすぐに去って行ってしまうようなネコだった。

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黒ネコも現れていた。ネコサポーターが、クロちゃん…なんの工夫もない名前だが…と呼んでいるネコだ。以前、冬の寒い時期、呼吸するたびにゼーゼーという音を喉の奥から出していたが、またその時と同じような音を出していた。

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近くの建物の裏に回ってみると、「チーちゃん」と呼ばれているネコが、日陰を見つけて寝ころんでいた。名前を呼ぶと、「ニャー」となきながら近づいてきた。警戒心の強いネコで、そのように近づいてきたことは今までになかった。右目からは、目やにが出ていた。顔の右側が、腫れているようだった。

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何かを訴えかけるようなまなざしを向けるのは、何か食べるものを求めているからだろうか。近くのコンビニに走り、カニカマを買い求めて与えてみたが、チーズが入っているのが気にくわなかったのだろうか、臭いをかいだだけで食べようとはしなかった。
posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年07月23日

必殺ネコパンチ



〔横取りしようと狙っています〕
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〔それに気づき左フック炸裂〕
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〔強烈なネコパンチでした〕
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posted by 里実福太朗 at 23:36| ねこ

2012年07月18日

ポン太の変化

近寄って、「ポン太」と声を掛ければ、「ミャー」と返事をする。それは以前と変わりはなかった。体は、一回り小さくなったような印象を受けた。鼻の頭の傷はほぼ癒えて、傷あとは目立たなくなっていた。そして抜け落ちていた肩のあたりの毛は、きれいに生えそろっていた。

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しかし、どことなく以前のポン太とは様子が違う。再会の挨拶もなんだか形式的だったし、素っ気ない感じなのだ。すぐに元の場所に戻り、ボンヤリと行き交う人を眺めはじめた。そして、おもむろに毛づくろいを始める。もう、こちらの存在など忘れてしまったようにも見える。

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ポン太に会わなかった一ヶ月半のことを思ってみた。その間に、エサをもたらしてくれる人は、ネコサポーターから青テントの住人に変わった。実際にエサを提供するのはネコサポーターだけれど、ことづかってエサをポン太に与えるのは自由人だから、ポン太にとって、エサをくれる大切な人は自由人なのだ。

以前から、ネコサポーターがいる時といない時とでは、ポン太に限らず自由ネコたちが、こちらとの接し方を微妙に変えているのではないかと感じることがあった。彼らと一緒の時は、自由ネコたちはどことなくよそよそしかったのだ。

自由ネコにとって、大切な人はエサをくれる人なのである。エサをくれない人にまで媚びを売って、それがもとで彼らの機嫌を損ね、大切な人を失ってしまっては大変だというような気持ちがあるのだろうか。ネコサポーターが、自分たちだけになついていることを誇示したがる傾向にあるのを見れば、自由ネコのそういった気持ちは分からないでもない。

そして今のポン太にとって、なによりも大切な人は、青テントの住人なのだ。彼らはエサをくれるという点でも大切な人なのだが、それだけではない。ネコ一族が、人間に身を寄せて生きることを選んでからというもの、ネコにはやはり寄り添ってくれる人が必要なのだ。だから、たまに公園にやってくる人間より、そこに半ば定住している人間たちの方がネコにとっては頼りがいのある存在なのだ。

少し離れたところでは、ポン太にエサをあげている青テントの住人が、ゆったりと流れていく朝の時間を過ごしている。そして時おり、こちらの方に視線を送っている。今やポン太は、彼らに身を寄せて生きていくことを選んだのかもしれない。もちろんポン太の気持ちは分からないけれど、ポン太のよそよそしさは、そんなところに原因があるのではないかとも思われてくる。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年07月17日

朝の公園でポン太をさがす

公園に着いたのは、六時を少し回ったころだった。早朝の公園は、人影もなく閑散としているのではないかと勝手に想像していたが、意外にもそんなことはなく、人の姿をそこかしこに認めることができた。

骨董市がひらかれている池のほとりの遊歩道では、ジョギングする人・イヌをつれて散歩する人(ある落語家さんに似ていた)・イヌを手押し車に乗せている人、そしてラジオ体操をする人たち、さらにザリガニまでが散歩をしていた。

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自由人たちが一夜を過ごした仮設ブルーシートハウスは、すでにキチンとたたまれていた。確認したことはないが、どうやら昼間は分解して小さくたたんでおくという決まりになっているらしい。日が暮れてくると、再び組み立てられてブルーシートで覆われる。

ネコサポーターの話によれば、自由人たちがまだ仮設ハウスの中で休んでいる時、ポン太がガリガリとブルーシートを引っ掻き、エサのおねだりをするということだった。ということは、もうエサにありついてどこかに行ってしまったかもしれない。そんなことを心配しながら、かつてポン太がよく過ごしていたスポットへと急いだ。

その場所には、ポン太の姿は見あたらなかった。せっかく始発電車に乗って来たものの、無駄足だったのかもしれない。近くのベンチに腰掛けながら、遠くに見える自由人たちに、ポン太のことを訊いてみようかとも考えてみた。エサをやるのは彼らなのだから、一番確実なことが分かるはずなのだ。

その決心がつかず、通り過ぎるジョギング集団を目で追っていた。その時、太い木の根元で、走り去っていく人たちを、私と同じように見送っている存在に気づいた。ネコのようだった。黒と白の毛並み、まさしくポン太だった。

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2012年07月16日

始発電車でポン太のいる公園へ

始発電車に乗るのは、初めてのことだった。京成電車の始発は、宗吾参道駅を4時35分に出て、京成上野駅には5時55分に着く。千葉県に移り住んでから30年以上経つが、勤めている時も退職後も、未だかつて始発電車に乗ったためしはなかった。

家を出た時は、ちょうど朝焼けが始まったことだった。最寄り駅のホームには、始発電車が来るのを待っていた。

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早起きの苦手な私が、どうして始発電車に乗ろうと思ったのか、それはネコのポン太が、今、どのように過ごしているかを、自分の目で確かめてみたかったからなのだ。

ポン太の姿を最後に見たのは、5月30日のことだった。爾来一月半ほど、その姿を見ていなかった。ネコサポーターから、夕方になるとエサをもらいにやってくる、と聞いたこともあったので、夕方まで時間をつぶして待っていたことも何回かあった。しかし、いつも徒労に終わっていた。

機会あるたびに、ネコサポーターにポン太のことを尋ねてみたが、最近見ていないという返事がいつも返ってきた。ポン太のことを何回も尋ねたものだから、しばらくしてから、ネコサポーターが、ある人たちから情報を仕入れてきてくれた。

ネコサポーターによると、こうである。公園には、ブルーシートを使って仮設テントをつくり、そこで一夜を明かす自由人たちがいる。その人たちから聞いた話では、ポン太は夜にやって来たり、早朝に来ることもあるということだった。そんな時間帯に来るのでは、ネコサポーターはエサをやることができない。そこで、エサを自由人たちにあずけておいて、ポン太が来たらあげてくれるよう頼んでおいた。

ポン太は、自由人たちがまだテントの中で寝ている時にやってきて、ブルーシートをガリガリと引っ掻き、エサをねだることもあった。自由人たちは、自らが食するものにもこと欠く場合もあるだろう。一方、ポン太にはネコサポーターが託したエサがあり、人間さまとの違いに複雑な思いを抱くこともあったかもしれない。しかし、自由人たちはポン太にエサをやり続けていてくれた。

ポン太は、夜あるいは早朝に現れて、エサをもらうようになっていた。生活パターンをそのように変えたのは、何か理由があってのことだったのだろうか。その理由はよく分からないが、ネコサポーターからその話を聞いて、ポン太に会うためには、朝早く公園に行くより仕方がないと思ったのだった。

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2012年07月14日

暑くても礼儀正しいネコ

蒸し暑い一日だった。おまけに、連日の航空機騒音が今日も加わり、不快指数はうなぎ登りに悪化した。こう暑くては、ネコだってグッタリとなってしまう。

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お孫さんとトンボ採りをしていたご老人に、当方が、ネコ写真家になるべく修行をしていることを話すと、近くの民家でネコをたくさん飼っていることを教えてくれた。子ネコもいるらしい。上の写真は、そのお宅の玄関前で寝ころんでいたネコたちなのだ。ご老人のお話通り、子ネコもいた。

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子ネコに気を取られているうちに、寝そべっていた白ネコが、階段を下りて近くに来ていた。そして、写真を撮ってくださいといわんばかりに姿勢を正して座っていたのだ。こういう時は、礼儀として写真を撮ってあげないといけない。何枚か撮ってから、「ありがとう」言っておくことも忘れてはいけない。

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2012年06月29日

池を渡る風に吹かれながら

今週の週間天気予報では、火曜日だけ梅雨の晴れ間となるが、他の日は梅雨模様が続くということだった。火曜日は予報通りだったが、昨日今日と天気が続き、明日も晴れて暑くなるそうだ。この時期の天気予報は、まずは当たらないと思っていた方がいいのかもしれない。

予報では貴重な梅雨の晴れ間になるとされていた日に、ネコ公園に行ってみた。ほぼ一ヶ月もの間、姿を見ていないポン太の安否も心配だった。メスネコたちは、いつもの居場所で気持ちよさそうに午睡をとっていたが、ポン太の姿はなかった。

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オスネコはポン太のほかにもう一匹いるが、その姿も見えなかった。メスネコたちはほぼ同じ場所にいることが多い。それに対してオスネコは、お気に入りの場所はあるようだが、いつもそこにいるわけではなく、動き回ることも多い。メスネコたちは定住生活をおくり、オスネコたちはは放浪するというのが、自由ネコたちの習性なのだろうか。それともネコ科の動物が、そのような習性を有しているのだろうか。

途中、コーヒー一杯分ほどの入園料を支払って動物園で過ごし、その後夕暮れまで池のほとりでねばってみたが、結局ポン太は姿を現さなかった。その間、久しぶりで出会ったネコサポーターと、世間話をしながらすごした。彼の脇には、年老いた自由ネコが長い間寄り添っていた。聞くところによると、そのネコが子猫だったころから知っているという。以来、13年ほど見守ってきたという。

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彼の手には、いつの間にかカップ酒が握られていた。明日は休みの日で、前日はいつも勤めを終えた後、公園で自由ネコたちと一緒の時間を過ごしているのだという。

西日がビルの谷間に落ちはじめると、夕闇が次第に深くなってゆく。池を渡る風が冷気を届けてくれて、日中の暑気も次第にうすれていく。都会のまっただ中にある公園だけれど、しばし喧噪を忘れさせてくれる。

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彼は、二本目のカップ酒を飲み終わったら帰るという。私も、夕日が落ちきったら家路につこうと思ったのだった。

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2012年06月16日

パリから時空を越えてネコ公園へ

パリに特別な思いを抱くのは、ウディ・アレンも例外ではなかった。その思いが高じて、現代と1920年代のパリとを、タイムスリップして行き来する映画を創ってしまった。しかも、ピカソとかダリとかドガや、ヘミングウェイとかT.S.エリオットとかが登場する破天荒ぶりだから、その思い入れたるや、よって知るべしなのである。

現代のパリは、過去の栄光にすがっているような感じがしないでもないが、それでも、著名な映画監督にこういう映画を創らせてしまうのだから、その魅力はいまだもって衰えていないということだろうか。そんなことを道々考えながら公園に戻ってきたのは、もう四時を回った頃だった。

メスネコたちは、先ほどと同じように、相変わらずサクの内側に座っていた。いや、もう少し正確に言おう。実は、違う点はあったのだ。ネコたちは、段ボールを座布団代わりに座っていた。

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以前、エサをやりに来たおばさんに、こんなことを聞いたことがあった。
「段ボールがあるわね」
今までも、ネコが段ボールの上に座っている光景は、何度となく見たことがあった。おばさんは、こちらに教えてあげるというような感じで続けた。
「段ボールがあるということは、エサをやる人が、もう来たということなのよ。その人たちが、段ボールを敷いてあげるの。だから、それのあるなしで、エサをもらったかどうかが分かるわけ」

おばさんのその説によれば、すでにエサやり人は来てしまったということなのだ。改めてネコたちの顔を見れば、確かに満ち足りたような顔をしている。実際ネコの脇には、ペーパープレートが置かれていて、食べ残しの餌がのっていた。

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ポン太もエサにありつけたかもしれない。そう思ってお気に入りの場所に行ってみたが、ポン太の姿はそこにはなかった。池のほとりを少し歩いて探してみたが、出会うことはなかった。ただその途次、自転車に乗って現れたおじさんが、今まさにエサをやろうとしている場面に遭遇した。やはり、歩いてみるものである。

以前お山の方で、保健所からエサやり許可を取り付けるまでの苦労話を聞いたことのある、あのネコサポーターだった。その時に、池の方に下りてエサをやることもあると聞いていたが、その場面に遭遇したのだった。

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「こんにちは、いつぞやは…」
そう声を掛けると、頑固そうな、不機嫌そうな表情が少しゆるんだ。
「そのネコちゃんの名前は、なんて言うんですか」
「プーちゃん」
「この辺りが縄張りのようですね」
「そうだよ、もう7年位いるよ」
「ポン太を見かけませんでしたか」
「ポン太?…どんなネコ、色は?」
「黒と白で、顔の毛の色が、ちょうど八の字のように黒と白とに分かれているんですよ」
「知らないな〜、おばさんたちが、エサをやっているネコかな」
「そうです、そうです」
「そのあたりには、近づかないようにしてるんだ」
結局、ポン太の行方は分からなかった。そしてエサやりを終えると、
「それじゃ、また」
ちょっと意外な感じがしたが、たしかに『また』と言って、自転車にまたがって去って行った。


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2012年06月15日

またポン太がいなくなった

ポン太の姿を見たのは、五月の末のことだった。肩の辺りの毛は、よりいっそう抜け落ちて、気の毒な状態になっていた。顔つきもますます険しさを増していた。それでも、姿を見つけた時に、「ポン太」と呼ぶと「ミャー」とないて近寄ってきた。

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その日以来、またもや姿を消してしまった。いるのはメスネコたちだけ、彼女たちは、いつもの場所にいつものごとく座って、園内を行き来する人たちを眺めていた。

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金属製のサクの内側にいて、声を掛けても近寄ってこないから、撮影しようにもあまり面白みがない。エサやりの人が来れば、そこから出てくるのだが、彼らの姿も見えない。

夕方になれば、動きが出てくるはずだが、日が傾き始めるまでは、まだかなり時間があった。1時間や2時間程度ならベンチに座って時間をつぶすことはできるのだが、それ以上となると、まだ修養が足りないのか、苦痛を感じるようになってしまう。お山の方に行って美術館巡りをしてみようか、それとも…そうだ、映画を見に行こう。夕方までのヒマつぶしに、映画をみるにしくはなし、ということに考えが固まった。

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2012年05月27日

小雨降る公園にて

フランス語講座を受講していた時は、その帰途立ち寄っていたから、公園に着くのは夕方に近い頃だった。ちょうどその頃が、あのエサやり二人組が来る時間帯と重なっていた。

そのフランス語講座も、今年の冬講座で受講を打ち切り、新年度からは地元の講座を受講することにしたから、以前と同じ曜日の同じ時間帯に、公園に立ち寄ることはなくなった。

先週久しぶりで、かつてフランス語講座があった曜日に出かけてみた。ただ、お昼を少し過ぎたころだったから、あの二人組に遭遇するなどということは予想もしていなかった。

家を出た頃から小雨が降り出し、公園に着いた時は少しばかり雨が強くなっていた。淡く光る新緑の季節は過ぎ、木々の緑はだいぶ深い色になっていた。重なり合う葉影の下は、小雨程度の雨ならば、雨宿りには格好の場所だ。カサをさすことなく雨をしのぐことができる。

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緑のカサの下に身を置いてから程なくして、あの二人組が姿を現した。周囲をうかがうように見渡したものの、当方の姿にはまだ気づかないようだった。
「今日は、ずいぶん早いですね」
と、こちらから先に切り出してみた。
「しばらく来てなかったから、おなかを空かしているんじゃないかと思って、早くきたんだ」
そう言いながらも、周囲を注意深くうかがっていた。きっと、あのネコサポーターがいるかいないかをチェックしていたのだろう。

ネコサポーターのオジサンから、エサやり二人組について、こんな話を聞いたことがあった。エサを与えてかわいがってくれるのはありがたいのだが、後始末をしないのが困りもの、ペーパープレートにエサを残したまま帰ってしまうから、カラスやハトがそれを狙って食べる。エサやりにもマナーがあることを知らないようなので、マナー講習会の案内書を渡したら、捨てて行ってしまった。こんな内容の話だった。この話からすると、ネコサポーターのオジサンは、エサやりマナーのボランティア指導員なのだろうか。

二人組は、ネコサポーターのオジサンの姿が見えないことを確認してから、目で合図してバッグからエサを取り出した。すると、すぐに自由ネコたちが姿を現してきた。すでに顔を見知ったネコばかりだった。ポン太の縄張り争いの相手のネコはいたが、ポン太はいなかった。出てきたネコたちは、やはり、エサにありついていなかったのだろう、いつもはおっとりと座って、行き来する人々を眺めているのに、すさまじい必死の形相で食べ始めた。

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2012年05月19日

ポン太は縄張り防衛で大忙し

以前は、お気に入りの場所に行けば、ほぼ100パーセントの確率で、ポン太に会うことができた。ところが最近は、そこに行っても姿を見かけることはなく、その場に何時間かとどまっていると、やっとポン太が姿を見せるという状態が多くなっていた。

その日もそうだった。公園には昼過ぎに着いたけれど、もちろんポン太の姿は見えなかった。所在ない時の過ごし方は、自由ネコたちほどは慣れていないけれど、ある程度、要領は分かってきた。そのために、文庫本とか携帯ミュージックプレーヤを持参してきたのだ。ベンチに腰掛けて、音楽を聴き、本を読み、疲れたら、公園を行き来する人たちをボンヤリと眺めていればいいのだ、いつも、ポン太がしていたように。

どのくらい時間が過ぎただろうか、枯れ葉を踏みしめるかすかな音が聞こえた。振り返ると、ポン太が前方を注視しながら通り過ぎて行こうとしていた。
「ポン太」
と声を掛けると、歩みを止めた。もう一度、
「ポンちゃん」
と言うと、「ミャー」となきながら近づいてきた。

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そして近く立っていたクイに体を何回もなすりつけた。ひとしきり親愛の情を示したあとは、丸くなって一休みすることもあるのだが、その時は違った。遠くを見つめるような表情をして、もうこちらの存在など忘れたように、一点を見つめながら急ぎ足で去って行った。

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ポン太の視線の先には、見慣れないネコがいた。どうやらそのネコに狙いを定めたようだった。ネコにとっては得意技の忍び足で、身を低くしてそのネコに近づいていった。距離を詰めると、腰を落として草むらに潜み、攻撃するチャンスを狙った。

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機は熟した。ポン太は線を引くように、全速力で敵に突進した。しかし狙い定めた相手のネコは、ポン太の攻撃をスルリとかわして、塀の上へと逃れてしまった。縄張りから出て行けば、それでよかったのだろう。ポン太は、それ以上深追いすることはなかった。

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最近ポン太が、お気に入りの場所での「眺める生活」から遠ざかっていたのは、自分の縄張りを守ることで忙しかったからなのかもしれない。

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2012年05月05日

ポン太を捜し求めて

行方不明のポン太のことが気がかりで、連休中、しかもこどもの日ということで、運雑は予想されたが、いつもの公園に出かけてみた。

お花見と時ほどではないが、予想通りの混雑だった。人出が多いと、ネコは警戒して人目につくところには出てこない。かつてポン太のお気に入りのところだった場所にも、行楽客が陣取っているのでは、とても邂逅は望むべくもなかった。

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そんな状態ではあったけれど、せっかく来たのだから、空いているベンチを探して、ポン太がかつてしていたように、行き来するする人たちを眺め暮らして時間を過ごしてみようと思い直した。そのうち、ヒョッコリ姿を現してくれるかもしれない。

仕事を持っている時は、何もせずにぼんやりと過ごすことが、たいそう贅沢なことのように思われて、そんな時間を持つことを夢見ることもあった。しかし退職して、やっと束縛されない時間をふんだんに持てるようになっても、いつもせかせかと動き回っていて、結局、無為に過ごすなどということとは縁遠い毎日を過ごしてきたように思う。

ベンチに座って、行き交う人々をただ眺めていると、最初のうちは面白みもあるが、次第に退屈な時間へと変わっていく。自由ネコたちのように、眺めているだけで時間を過ごすということは、なかなか難しいことなのだ。30分もしないうちに、カメラに手が伸びて、シャッターボタンを押してしまうのだった。

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いつまで待っても、ポン太は現れなかった。バカにならない交通費をかけて、わざわざ出かけてきたのだから、無駄に帰るわけにはいかない。意を決して、カバンから自由ネコの写真帳を取り出して、あのオジサンが座っているベンチへと向かった。

そのオジサンを、見かけない日はなかった。私がポン太の写真を撮っている時、いつもベンチに座って、ある時は寝転んで、本とか雑誌とかを読んでいた。いつもこざっぱりとした身なりをしていたから、自由人_いわゆるホームレスではないようだった。たぶん毎日のように、公園に通っているのだろう。ただ、どういう事情があるのかは、分からない。そのオジサンなら、ポン太のことだって知っているだろうと見当をつけたのだ。

「すいません、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが」
と言いながら、写真帳のポン太の写真を見せた。
「このネコ、ご存じではないでしょうか。ずっとこのネコの写真を撮り続けていたんですが、ここ一ヶ月ほど、姿が見えなくなったんです」
オジサンはチラッと写真を見て、意外なことを口にした。
「いや、そのネコね、いますよ」
「エッ、見たことあるんですか」
「毎日、見てますよ、朝晩に」
「どこにいましたか」
「ほら、あそこ」
と言って、ポン太のお気に入りだった場所を指さした。
「あそこで、いつもエサをもらっているよ」

オジサンの証言によれば、ポン太がいなくなったと思っていたこの一ヶ月の間、ポン太はこの公園にいたということになる。そうならば、なぜ姿を見ることがなかったのだろうか。

たぶんこういうことなのだろう。人出の多い時期が続き、ネコたちの警戒心が強まり、またネコサポーターの人たちも、エサをやっていると見物人が増えるから、人少なになるころを見計らってエサをやるようになった。私といえば、帰りがラッシュアワーにぶつかるのがイヤで、早めに公園を後にすることが多かった。ネコサポーターがエサをやりに来るのは、私が公園を去ったあとだったのだ。

いつもより遅くまで公園にとどまっていることにした。そして、あのオジサンの言の通り、日が沈みかけてくるころに、ポン太が姿を現したのだった。以前よりなおいっそう薄汚れ、いくぶん痩せたようにも見えた。肩の辺りの毛が薄くなり、耳の毛は抜け落ちていた。

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2012年05月03日

雨に打たれて

せっかく咲いたイチハツとニオイイリスなのに、雨に打たれて地に倒れ、無残な姿になってしまった。

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2012年05月02日

雨の公園

渋谷のユーロスペースで上映されている「ル・アーブルの靴みがき」を観た帰り、久しぶりでネコ公園に立ち寄ってみた。雨が降っているから、自由ネコたちは雨を避けてどこかに姿を隠しているとは思うが、雨に濡れて、みずみずしさを増している新緑の木々の間を、そぞろ歩くのも悪くない。

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ポン太の姿を最期に見たのは3月18日、その日以来、花見の季節を挟み今に至るまで、ポン太以外のネコを見ることはあっても、ポン太と会うことはなかった。どうしたのだろうと心配になり、ネコサポーターの人に訊いてもみたが、
「ポン太は、男の子だから冒険の旅に出ているのかもしれないな」
などと言って、あまり気にかけていないふうだった。それにしても、もう一ヶ月以上、姿を隠している。

昔、吉祥寺に住んでいたころ、同じ名前のネコを飼っていたことがあった。ある日、姿が見えなくなり、かなり長い間行き方知らずになってしまった。自動車にでもひかれたのかもしれない、と思ってあきらめかけていた時、ヒョッコリ帰ってきた。体は薄汚れ、野良ネコ同然の落ちぶれた姿になっていた。

飼い主に不満があるから家出する、ということではないのだろう。ネコには放浪癖があると思っておいた方がいい。ポン太も、そのうちこの公園に帰ってくることだろう。

雨の降る公園には、ポン太以外のネコの姿も見えなかった。以前、やはり雨の降る日に、公園内の建物の軒下で、雨を避けてたたずむネコの姿を見たことがあった。それを思い出して、その軒下に行ってみたところ、その時と同じネコがポツンと座っていた。

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2012年04月15日

花見の季節は嫌いだニャ〜

気温の低い日が続き開花の時期が遅れて、今か今かと待ち望んでいた桜の花も、咲いてしまえばあとは散るだけ、かくして今年の桜の季節も過ぎていこうとしている。来週になれば、喧噪を極めた公園も、元通りの静けさを取り戻すことだろう。そして、なによりもそれを待ち望んでいたのは、公園の自由ネコたちであろう。

桜前線が東京近辺にやってきてからというもの、ネコたちが自由に闊歩していた園内は、花見客に占領され、多くのネコたちは、その居場所を失った。連日連夜、宴会が開かれ、酔客に見つけられてしまえば、何をされるか分かったものではない。毎日、見つけられないように、身を隠していなければならなかった。

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ネコサポーターの人たちは、餌は与えたくても、人出が多くては為す術がない。ネコたちが食べ物をもらいに集まってくれば、すぐに黒山の人だかりとなってしまうことだろう。花見の季節が早く終わらないかなと願っていたのは、ネコたちだけではなく、ネコサポーターのみなさんも同様だったのかもしれない。

花見客で賑わう昼下がり、公園内のメインストリートから外れた小道を歩いていると、目の前をネコが堂々と横切っていった。ネコの視線の先には、エサの準備をしているネコサポーターの姿があった。

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「今日は、これ一回だけだよ。これから、どんどん花見客が増えるからな。一回だけだから、腹一杯食べておけよ」
と話しかけながら、いくつも用意してあったタッパーからごっそりエサを取り出して、与え続けた。

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ときどき「あら、ネコ」と言ってカメラを向ける人もいたが、多くの人は花に気を取られて通り過ぎていった。エサを手際よくやり続けるサポーターのおじさんの傍らで、写真を撮っているうちにいろいろな話を聞くことができた。

ねこにエサを与えることができるようになるまでには、いろいろと苦労があったそうだ。以前は、エサをやっていると嫌がらせを受けることもあったという。公園にネコを捨てていく人がいる。そのまま放っておけば子供を産み落とすネコもいて、飼い主のいないネコがどんどん増えていく。そういうネコたちを保護してあげる人がいなければ、どうなるのか。エサを与えることを禁止するだけでは、問題は何も解決されない。そして、公園を管理する部署との戦いが始まった。根気強く交渉を重ねて、やっとエサやりの了解を取り付けた。ただし、条件があった。エサやりルールの講習会に参加することだった。そして、参加者には受講証が渡され、はれてエサを与えることができるようになる。
「講習会に参加する人は、何人位いるんですか」
「この公園だけでも、50人位はいたかな」
そう言って、受講証を見せてくれた。

食べ終わったネコは、エサ場を離れ、顔を洗って毛づくろいをしてから、爪を研いでどこかへと去って行った。

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2012年04月14日

頭隠して尻隠さず

佐倉の城址公園は、例年、花の季節には多くの花見客で賑わう桜の名所である。先週末から、すでに都心の桜は散り始めていた。水曜日、花散らしの雨が降って、さらに追い打ちをかけた。城址公園の桜も、落花の憂き目にあってしまったかもしれないが、NBOXに乗り換えてから、家の近所ばかりを走り回っていたものだから、次の日にドライブがてら行ってみることにしたのだった。

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予想に反して城址公園の桜は、まだ多くの花びらをまとっていた。ただ、花はあまり衰えてはいなかったが、周囲を華やかさで包み込むような花の勢いは感じられなかった。花見客の姿があまり多くなく、どことなく物寂しい雰囲気が漂っていたからだろうか。

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城址公園にも、自由ネコとおぼしき姿を見かけることがある。ネコサポーターが、エサを与えている様子を見かけることもある。ネコを見かける場所はだいたい決まっているから、広大な公園の隅々を探し回らなくても、そういった場所に行けばネコに出会える確率は高くなる。

園内の駐車場もそういった場所の一つである。その日も、駐車スペースの隅の方でネコの姿を発見した。一度は通り過ぎてしまったのだが、すぐ、あれはネコかもしれないと思い直して、引き返して注意深く見てみたところ、ネコに間違いなかったのだった。

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カメラを構えて近づくと、こちらの気配を察したのだろう、駐車場を囲む植え込みに逃げ込んだ。忍び足で近づいてみたところ、なかなか逃げ出さない。さらに一歩一歩じりじりと近づく。それでもまだ逃げない。

初対面の人間には警戒心を抱くはずなのに、なぜ逃げ出さないのだろうか。頭だけ植え込みの中に入れて、お尻は丸見えの状態なのに、自分では隠れているつもりなのだろうか。まだ見つけられていないとでも思っているのだろうか。

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ついに、手の届く所まで接近した。ためしに触ってみようか、見つかっていないと思い込んでいるならば、ピョンと飛び跳ねて、慌てふためいて逃げるに違いない。ところが、触ってみてもピクリともしない。かなり強く押してみたが、それでも微動だにしなかった。前に回って、上からのぞき込んでみたら、鋭い目つきてこちらを睨んでいた。

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2012年03月26日

江ノ島のネコ

朝食前の散歩では、途中で時間が足りなくなって、ネコの姿を確認することができなかった。せっかく江ノ島まで来て、ネコの写真を撮らないのではいかにも残念だ。せっかくネコがいると教えてくれた人にも、申し訳ないことになってしまう。

土産物店が並ぶ参道を上っていくと、さっそく店の前でちょこんと座っているネコを発見した。人通りはかなり多いのにまったく意に介していない。文字通り、招き猫という風情であった。

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次のネコも参道で出会った。

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二番目のエスカレーター乗り場の前で、三匹目のネコと出会った。水を飲んだあと、花壇の方へ歩いて行くのでその後を追ったが、こちらが近づくと、逃げるというほどではないが、歩みを早めてこちらと一定の距離を保とうとする。かといって、走って追いかければ、逃げられてしまうのは必定だから、さて、どうしたものか。

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「トラちゃん」
と、ためしに呼んでみた。もちろん、そのネコの名前など知る由はない。ところが当てずっぽうで言った名前が、思いがけなくも効果があったのだ。そのネコは足を止めて、こちらを振り返ったのだ。もう一度、
「トラちゃん」
と言ってみたところ、さらに驚くべきことに、こちらに近づいてきて、足に体をすり寄せるではないか。ネコの名前は、外見の特徴から単純につけられることが多いから、ほんとうにトラという名前だったのかもしれない。

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最後のエスカレータを下りたところでも、ネコを発見した。柵の中にいて、こちらにお尻を向けて発泡スチロールの上に座っていた。柵の間から手を伸ばして、お尻をチョンチョンと触ってみたところ、体を入れ替えて顔を見せてくれた。

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先ほどのことがあるから、また適当な名前で呼んでみた。
「白ちゃん」
見ての通り、白い毛で覆われているから、当てずっぽうで呼んでみたのである。するとどうだろう、立ち上がって背伸びを一つしてから、柵の狭い隙間を通り抜けてこちら側に出てくるではないか。近くを通りかかった女の子が、
「ネコが出てきたよ」
と言いながら近づいて来てカメラを向けた。

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江ノ島に住む自由ネコは、適当な名前で呼んでも、それに応えてくれる心優しいネコたちだった。観光地に住むネコとして、自らの役割を心得ているのかもしれない。

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2012年03月09日

おにぎりとポン太

神楽坂で写真展の見ての帰途、例の公園に立ち寄ってみた。先週はそぼ降る雨に訪れる人も少なく、ひっそりと静まりかえっていたが、久しぶりの暖かさに誘われてのことだろうか、平日だというのに池の畔の遊歩道を行き来する人は、意外と多かった。

沖縄旅行に出かける前にポン太の姿を見てから、すでに二週間以上経つ。今日こそは、ポン太の姿をカメラにおさめようと意気込んでいたのだが、ポン太の縄張りを何回か往復しても、いっこうにポン太は姿を現さなかった。

あきらめて帰ろうとした時、公園と飲食店とを区切る柵の辺りに黒い小さな姿が見えた。チラッとこちらを見たようだった。しかし、今までのよう「ミャーオ」となきながら小走りで近寄ってはこなかった。逆に、小走りで遠ざかっていった。あわてて後を追ったが、なおも足を速めて逃げていく。後ろ姿に向かって、
「ポン太」
と声を掛けてみると、足を止めて辺りを見回した。まだこちらに気づいてないようだった。もう一度、
「ポンちゃん」
と呼ぶと、やっと視線があった。

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顔には、さらに傷が増えていた。加えて、シッポにも傷を負っていた。抗争はまだ続いているのだろうか。

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ポン太に会ったら、さっき神楽坂で買い求めた半額おにぎりを食べさせてみようという心づもりがあった。カバンから取り出し、ひとかけらを目の前に置いてみたところ、興味を示して鼻を近づけた。そして食べようとしたが、口の中に少し入れたところで、食べるのをやめてしまった。そこで、おにぎりの上にのっていたテラテラと光る鮭の一切れを与えたところ、それには食らいついたのだった。

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以前は行き交う人にはまったく無頓着だったが、しきりに注意を払うようになっていた。人通りが多かったせいなのかもしれないが、なんとなく以前より警戒心が強くなっているように感じられた。ただ、危害を与えるおそれのない人間が近くにいると安心するのだろうか、ひとしきり身繕いをしてから、草をフトンに丸くなってしまった。そしてそのまま、時間がゆったりと流れていった。

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2012年03月03日

雨の公園

久しぶりで陽の光がさした。何日ぶりのことだろうか。思い返せば、沖縄に出発した日から、雨の日が始まった。沖縄で過ごした四日間も雨だった。こちらに帰ってくれば、雪に見舞われる日もあった。そして今日、やっと遠慮しがちな春の日ざしが訪れた。

雨の降る昨日、公園は訪れる人も少なく物寂しい雰囲気に包まれていた。自由ネコにエサをやる人の姿も見えない。ベンチに横たわっている自由人の姿も見えない。見えるのは、池のほとりや手すりで羽を休める鳥の姿、そして池の中でなにやら作業をしている人の姿…

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雨の降る寒い日は、ネコだって濡れるのはいやだから、雨を避けられる暖かい場所を探して潜り込んでいることだろう。ポン太に会うことは無理だろうと思いつつも、縄張りの辺りを一巡りしてみた。新たに縄張りとなった場所に近づいた時、建物の隅、かろうじて雨をしのげそうな場所に一匹のネコを見つけた。

ポン太ではなかったが、見覚えのあるネコだった。
「どうして、そんな寒い場所にいるんだい?」
と声を掛けると、不審げな表情でこちらを見てから背伸びを一つ、そして体の向きを変えて再び座り込んでしまった。

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そこに居続けた理由はあとで分かった。池の周囲を歩き回ってその場所に戻ってきた時、そこに小柄な人影が見えた。近づいてみると、先ほどのネコがエサをもらって食べていた。ネコは、エサをくれる人の来る時間が分かっていて、寒いのを我慢してその場所で待っていたのだ。それが証拠に、ネコは食事がすむとどこかへと姿を消した。

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2012年02月22日

ポン太や、ポン太…どこ行った

すでに二週間以上、ポン太の姿を見ていなかった。先週、公園に立ち寄った時は、またモミジとミコの姿を見るだけだった。ポン太が新たに縄張りとした地域に行ってみたが、ネコ一匹はおろか、いつもはそこでエサを与えているおじさんの姿も見えなかった。

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ひっそりと静まりかえったその辺りは、以前とはまったく別な雰囲気を漂わせていた。その時どこからか、かすかに「ミャー」という鳴き声が聞こえてきた。もしや、と思って耳をすましてみた。この前のように、近くの植え込みから姿を現すかもしれないと待ち受けていたが、待てども姿を現すことはなかった。

また「ミャー」という鳴き声が聞こえた。今度ははっきりと聞こえてきて、その方角が分かった。ただその鳴き声は、池を渡って聞こえてきたものだった。となると、ネコの鳴き声ということは考えられない。鳥の鳴き声なのだろうか。ウミネコの鳴き声を、ネコと聞き間違えたのか、しかしこの辺りにはウミネコはいまい。それでは、ユリカモメの鳴き声だったのだろうか。

鳥の鳴き声を、ネコの鳴き声と聞き間違えるようでは、ネコを愛玩する情が膏肓に入り始めたということなのか。あの内田百閧ウんが、愛猫「ノラ」を失った顛末を書いた随筆「ノラや」を思い出すけれど、いくらなんでもそこまで、嘆き悲しんでいるわけではない、と自分では思っているのだが…

今週はちょっとした用事があって、フランス語講座は欠席する予定だ。だから、その帰途公園に立ち寄ることはない。そこで思い立って、いつもとは違う曜日に行ってみた。しかしまたもや、ミコとカエデはいたが、ポン太はやはりいなかった。

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ポン太が新たに縄張りとした地域にも行ってみた。すると先週と同じように、「ミャー」という鳴き声が聞こえてきた。また水鳥の鳴き声を聞き間違えたのだろう、いよいよ百閧ウんのようになってきたのかもしれない、そんなことを思っていると、木陰からヒョイと黒い影が飛び出て来て、こちらに向かって小走りで近づいてきた。ポン太だった。

体は薄汚れ、鼻にはさらに傷が増えていた。縄張り争いにいったんは勝利しても、敵…つまりパンダ…に巻き返され、今も抗争は続いているのだろうか。目つきもかなり険悪さを増しているように感じられた。

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「ポン太」と声を掛ければ、「ミャーオ」と鳴く。ネコの記憶力の良さに、そして人を喜ばす術を心得ていることに、あらためて感じ入るのだった。
posted by 里実福太朗 at 23:55| ねこ

2012年02月10日

戦いすんで

梅の開花が遅れていたが、関東地方の各地からは、やっと梅の開花便りが届き始めた。今までは、フランス語講座が終わって公園に着く頃には、陽はかなり西に傾いていて、時を置かずすぐに夕景に包まれてしまった。しかし近ごろでは、池に注ぐ日差しも、昼光色をとどめている時間が次第に長くなってきた。

ホウキおじさんとエサやりおじさんは、いつもの場所でそれぞれの役割を果たしていた。自由ネコたちも、日差しを浴びて気持ちよさそうに午睡していた。
「みんな元気に過ごしていたようですね」
と声を掛けると、
「今日はね、ポン太がいないんだよ」
と、ホウキおじさんが言う。
「ボンちゃんの姿も見てないよ」
と、エサやりおじさんが補った。

ポン太は、以前にもまったく姿を見せないことがあった。しかしその時は、翌週にはまた姿を現した。だから心配する必要はないのかもしれないが、それでも気には掛かる。ポン太のお気に入りの場所に行って、しばらくそこで待っていたが、姿を現すことはなかった。

お二人に、ポン太と縄張りを争って敗者となったパンダの行方を尋ねると、池の南側から西方面のどこかにいるはずだと教えてくれた。その辺りは、樹木に日差しがさえぎられて寒々としている。暖かい場所を好むネコにとって、住環境としてはあまり良くない。敗残者が生き延びていくためには、そういう場所で暮らすより仕方がないということなのだろうか。

ゆっくりと歩を進めて行きながら、ネコの姿を探し求めたが、なかなかパンダは見つからなかった。パンダによく似た毛並みのネコが、植え込みの中にいたが、口と鼻周りの毛の色が違っていた。

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探すのをあきらめて、来た道を引き返しはじめた時、トラ毛のネコが目に入った。口と鼻の周囲が、白い毛で覆われている。紛れようもなく、そのネコはパンダだった。反射的にカメラを構えた。しかし次の瞬間、パンダの姿はファインダーの視野から消えていた。パンダは公園の外に出て行ったのだった。そして、公園の周囲を沿うようにして設けられている歩道を進んでから、再び公園に入り、そのまま姿を消してしまった。

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posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2012年02月08日

自由ネコたちの縄張り争い(3)

この項の第一回目に、パンダの縄張りだった地域に侵入しようとしているポン太を見て、『他ニャンの縄張りに入って行って大丈夫なのだろうか』と書いた。しかし、その地域の実権はすでにポン太が奪い取っていたわけだから、何の問題も生じるはずはなかった。

そして、実際その通りになった。ポン太が新たに獲得した縄張りに入っていく前に、パンダの姿はエサ場から消えていた。いち早く危険を察知して、その場から立ち去ったのだろう。ポン太は、ほんの少し前まで、そこにパンダがいたことなどつゆ知らず、ゆったりとした足取りでエサ場に近づいて行った。

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この項の第一回目に、パンダの縄張りだった地域に侵入しようとしているポン太を見て、『他ニャンの縄張りに入って行って大丈夫なのだろうか』と書いた。しかし、その地域の実権はすでにポン太に移っていたわけだから、何の問題も生じるはずはなかった。

そして、実際その通りになった。ポン太が新たに獲得した縄張りに入っていく前に、パンダの姿はエサ場から消えていた。いち早く危険を察知して、その場から立ち去ったのだろう。ポン太は、ほんの少し前までそこにパンダがいたことなどつゆ知らず、ゆったりとした足取りでエサ場に近づいていった。

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ポン太がこの公園に来た当座は、まだ体が小さく、ほかのネコたちにいじめられて逃げ回っていたそうだ。そんなポン太の昔を教えてくれたのは、去年出会った自転車男だった。そのポン太が、今では一人前の雄ネコに成長して、ついに池の東側一帯を縄張りとするようになった。人の世よりもっと速く栄枯盛衰を繰り返すネコの世で、ポン太はいつまで君臨し続けることができるのだろうか。

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ポン太がこの公園に来た当座は、まだ体が小さく、ほかのネコたちにいじめられて逃げ回っていたそうだ。そんなポン太の昔を教えてくれたのは、去年出会った自転車男だった。そのポン太が、いまでは一人前の雄ネコに成長して、ついに池の東側一帯を縄張りとするようになった。だが、人の世よりもっと速く栄枯盛衰を繰り返すネコの世で、ポン太はいつまで君臨し続けることができるのだろうか。

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posted by 里実福太朗 at 23:38| ねこ

2012年02月07日

自由ネコたちの縄張り争い(2)

「何日か前に、ネコのケンカがあったらしいよ」
そう教えてくれたのは、その公園でよく見かけるおじさんだった。たまたまなのかもしれないが、見かける時はいつも竹ぼうきで掃き掃除をしていた。

何度かそのおじさんの姿を目にすることを繰り返すうちに、和服姿に下駄履き姿ではないが、赤塚不二夫の漫画「天才バカボン」に登場する「レレレのおじさん」を思い出すようになっていた。和服姿ではないし、下駄はサンダルになっているし、共通する点はいつも竹ぼうきで掃除をしているところだけであるが、見かけるたびに「レレレのおじさん」を思い出してしまう。

そのホウキおじさんの言によれば、縄張り争いの大げんかをしたのは、ポン太とパンダだったということだ。ただ、ホウキおじさん自身が目撃したのではなく、おじさんも誰かから聞いた話らしい。残念ながら、その伝聞ルートはまだ明らかになっていない。

ホウキおじさんがいつも掃き掃除をしている場所は、ポン太の縄張りの南側で、その辺り一帯を支配していたのはパンダだった。だからポン太は、今まではそこに足を踏み入れることはなかった。

縄張り争いの詳細は明らかになってはいないが、争いの結果は明らかになっている。ポン太が勝利をおさめ、パンダの縄張りを手中にした。ともかく相当に激しい争いだったようだ。ポン太のあの鼻の傷は、その時に受けたのものと思われる。ポン太はこの勝利で、池の東側一帯のすべてが自分の縄張りとした。同時に、その辺りで暮らしていた雌ネコたちも、ポン太の支配下に入った。負けたパンダは、ホウキおじさんによれば、あわれにも池の西側に逃げ去ったそうだ。

その争いから二・三日後、パンダは、かつて自分の縄張りだった地域の少し外側に姿を現した。大きな岩の頂に陣取り、心なしか不安げな表情で、失った縄張りの方を眺めていた。その視線の先には、ホウキおじさんと「エサやりおじさん」の姿が見えた。

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この「エサやりおじさん」は、ご本人の言によれば、毎日二度、午前中と午後にエサをやりに来ているそうだ。夏、帽子をかぶっていない時は、長く伸ばした髪の毛を、頭の後ろ側で一つに結び、つまりポニーテール状にしているのが見えた。しかし冬の今は、毛糸の帽子を深くかぶっていて、そのポニーテールは見えなくなっている。

ポン太が今まで縄張りとしていた場所には、「エサやりおばさん」が週に三回やってきて、ポン太やモミジ・ミコなどにエサをやっていた。週に三回と、毎日、それも午前と午後の二回とでは、どちらが優雅な生活を送れるかは言うまでもないことだ。そういう待遇の違いが、今回の縄張り争いの原因だったのかもしれない。

岩の上から注意深く眺め渡していたパンダは、やがて意を決して、周囲に目を配りながらそろりそろりと、ホウキおじさんとエサやりおじさんのもとへと近づいていった。折しも午後のエサやり時間で、紙製のお皿には、盛りつけられたばかりのキャットフードが山を成していた。

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ポン太の姿がないことを確かめたパンダは、ホウキおじさんの足もとに近づき、何回も何回も体をなすりつけた。
「おう、パンダか、久しぶりだな。元気にしてたか?」
ひとしきり親愛の情を示したパンダは、エサを一心不乱に食べ始めた。西の方に追い遣られてからというもの、十分なエサにありつけなかったのかもしれなかった。

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2012年02月03日

自由ネコたちの縄張り争い

先週の金曜日のことだった。フランス語講座が終わってから、いつものように公園に立ち寄ったのだが、またもやポン太の姿が見えなかった。1月6日に再会して以来、その日までの3週間もの間、ポン太の姿を見ることはなかった。

今までなら、「ミャーオ」となきながら茂みの中から姿を現すのだが、その日も姿を現さなかった。日向ぼっこをしていたモミジとミコに尋ねても、答えが返ってくるはずはない。しばらくは、その二匹のネコを撮っていたのだが、気になるのはポン太の行方だった。

だが心配するには及ばなかった。木の陰から、忽然と姿を現したのだ。3週間もの間、顔を合わすことがなかったのに、「ポン太」と声を掛ければ、「ミャーオ」と応える。一度近づきになった人間は忘れないもののようだ。

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ポン太は、自由ネコとはいえ、栄養のよく行き渡った美しい毛並みのネコだったが、遠目にも少し薄汚れているのが見て取れた。そして鼻には、長細い線が一本走っていた。鋭い爪で引っかかれたような傷だった。

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その日ポン太は、今までとは少し違った様子を見せた。いままでなら、そのまま足にまとわりついたりして、近辺を行ったり来たりして、すぐ去ってしまうことはなかった。ところが、再会の挨拶がすむと、なんだか落ち着かない様子を見せ、そして何かに憑かれたような表情で、その場を立ち去ってしまった。

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ポン太の後を追ってみた。草むらに入っては、お尻から液体を噴射し、壁際に近づいては臭いを嗅ぎ、さらに池のほとりに行っては、またお尻から液体を噴射するという具合だった。それは、明らかにスプレーというマーキング行為だった。

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そして、ポン太はマーキングを繰り返し、ついに違うネコが縄張りとしていた地域にも侵入していった。そこは、「パンダ」と呼ばれているネコが縄張りをはっていた。レッサーパンダの顔に似ていることとから、「パンダ」と呼ばれるようになったらしい。

他人、いや他ニャンの縄張りに入って行って大丈夫なのだろうか。
(つづく)
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2012年01月26日

たずねネコ

スーパーの次に立ち寄った100円ショップに、「たずねネコ」のポスターが貼ってあった。夫人に教えられてそれを見た刹那、あの自由ネコの思い出した。その顔が、ポン太に見まがうほどに酷似していたのだ。ひょっとして、あの公園で暮らす前は、そのポスターを作った飼い主さんの家で寝起きしていたのではなかろうかと思ったぐらいだ。

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口と鼻まわりが八の字になっている点、目の色や形、それらがポン太にそっくりだった。さらに頬のふくらみ方、下あご近辺の肉付きの良さ、それらもポン太の特徴に酷似している。

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しかし、腕の色が違っていた。ポスターのネコの腕は白だが、ポン太の腕はクロなのだ。さらに付け加えれば、黒い毛の比率は、ポン太の方が高い。ポン太の方が黒い毛の量が多い。そういう違いはあるが、顔だけを見れば、まさしくポン太そのものだった。

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飼い主さんその嘆きは、いかほどか。さぞ寂しいつらい日々を送っていることだろう。それを思うと、内田百閧フ「ノラや」という随筆を思い出す。行き方知らずになった愛猫ノラを探すため、百閧ウんは、ポスターを作るなどして八方手を尽くした。しかし、結局ノラは見つからなかった。その顛末が、感情移入過多とも受け取られかねない文章で記されているのが、「ノラや」という作品なのである。

先週、写真塾の撮影会でドーモアラベスカを訪ねた際、住人の方から同じような話を伺った。愛猫が行方不明となり、ポスターを作ったりして手を尽くしたそうだ。その話を書くとなると長くなりそうなので、いずれ項をあらためて、ということにしておく。

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2012年01月15日

飼い主のいないネコ(自由・地域ネコ)対策

今年に入って初めてのフランス語講座からの帰途、また例の公園に立ち寄ってみた。相変わらず寒い日が続いているが、少し傾き始めた日差しが、池のほとりの遊歩道を暖かそうな色に染めていた。

ポン太のお気に入りの場所に行ってみたが、姿は見えなかった。この前のように少し待っていれば、そのうち「ミャーオ」となきながら現れてくるかもしれない、そう思って少し待ってみたが、いっこうに姿を現さなかった。モミジとミコだけは、奥まったところの草むらで、日向ぼっこをしていた。彼らにポン太の行方を尋ねてみても、応えてくれるはずもなく、ただ薄目を開けてこちらの様子をうかがったあとは、ふたたび目を閉じて眠りを貪るばかりだった。

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ポン太に会うことはあきらめて、引き上げることにした。駅に向かう途中、こんな張り紙を見つけた。

【愛情はたっぷりと 責任はしっかりと】
この地域では、ボランティアの方の協力で、「飼い主のいない猫」対策に取り組んでいます。皆様のご理解をお願いします。
ボランティアの活動とは…
@飼い主のいない猫の増加を防ぐための不妊・去勢手術
A地域のゴミ箱等を荒らさないための衛生的な餌やり、片付け
Bできる限りのフンの始末
…などを行っています。
これら、@不妊・去勢手術A食べ残しの片付けBフンの掃除等ができない方は、猫ちゃんに餌を与えないでください。
当町会では、住みよい町づくりのために、地域の美化に取り組んでいます。

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例の自転車男から聞いた話では、不妊・去勢手術をしたネコは、目印として耳の先端をカットするということだ。たしかに、そのような耳のネコを何匹も見たことがある。どんな人がその処置をするのかということも聞いてみたが、事情通の彼でも知らなかった。その張り紙によれば、地域のボランティアの人たちによって行われているということのようだ。

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こんな掲示物もあった。
【置きエサ禁止!】
置きエサは、カラスに荒らされたり、ハエの発生源となるため不衛生です。食べ残しとフンを片付けてから帰りましょう。

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2012年01月09日

自由ネコたちの新年(3)

三匹のネコたちそれぞれに、
「またくるからネ」
と声をかけ別れを告げた。すると、ポン太がトコトコと後を追って来るではないか。そこの角まで送ってくれるのか、行かないでくれと追いかけてくるのか、それともまた来てくれということなのか、彼の本意は分からないが、なんとも後ろ髪を引かれる感じがして、
「またくるから、ね」
と、もう一度繰り返さなければならなかった。

園内で営業するその店を利用するのは、初めてのことだった。店の奥には、暖房の効いた室内の食事処があるが、冬の凍てついた空気の中ですするラーメンは、一際おいしく感じられるに違いない、そう思って池に面した外のテーブルを利用することにした。

セルフサービスのラーメンは650円、のっている具の中にカニかまがあった。近ごろは、カニかまを見ると、すぐにポン太たちのことを思い出す。今さっき、家から持って来たカニかまをポン太に供したばかりだったから、なおさらのことだ。わずか一本だけでは、腹の足しにはならなかったに違いない。そう思った時、もう手はバッグの中のタッパーに伸びていた。周囲の目が多少気になったが、カニかまをタッパーの中に入れた。

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ラーメンを食べ終わり店を出ると、足は自然にポン太たちがいる場所に向いていた。あれほど別れを惜しんだ後だから、姿を見せれば嬉々として駆け寄ってくるに違いないと思っていたが、姿を現さない。かろうじて植え込みの中に、モミジの姿を認めることができただけだった。

近づいてみると、モミジは一心不乱に何かを食べていた。それは、紙製の皿に山のように盛られたキャットフードだった。ポン太はすでにご馳走をたらふく食べて、どこかで午睡でもしているのだろう。残りもの、残りものといってもまだかなりの量が残っていたが、それをモミジが食べているのだった。

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週に三日ほど、餌を与えに来るお年寄りがいる、これも自転車男から聞いた情報だが、その老女が来る曜日ではなかった。ほかの誰かが、与えた餌なのだろうか。ともかく、この公園には自由ネコたちの面倒を見ている人がいるのだから、ポン太たちが餓死してしまう心配はなさそうである。


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2012年01月07日

自由ネコたちの新年(2)

そんな期待を抱きながら写真を撮っていると、ほんとうに「ミャーオ」というなき声が聞こえるではないか。小走りで駆け寄ってきたのは、まぎれもなくポン太だった。体が一回り大きくなっていることと、鼻の頭に小さな傷ができていることをのぞけば、まったく変わりがなかった。

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すぐ近くまで来て、「ミャーオ、ミャーオ」と繰り返しすものだから、頭を撫で、首を揉んでから、背中をこすってあげた時、以前とは違う感触に気づいた。毛がかなり硬くなっていて、厚みのある毛の層がビッシリと体を覆っていた。ポン太の体は、もうすっかり冬仕様になっていたのだ。手の動きを止めて、手のひらを少し強く体に押し当ててみると、ほのかな暖かみが伝わってきた。

以前、煮干しを買い求めて写真のモデルになってくれた謝礼としてあげてみたが、見向きもされなかったことはすでに書いた。そこで今日は、バッグの中に忍ばせたタッパーに、魚肉ソーセージを乱切りにしたものを入れてあった。かつて房総の無人駅で、腹を空かせた子猫たちに与えたところ、うなり声をあげるほどの喜びようで、瞬く間に平らげてしまったことがあったので、それならば舌の肥えた自由ネコでも喜ぶだろうと胸算用したのだった。

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タッパーを取り出す音に気づいたポン太は、期待を込めてこちらのバッグから取り出すものを凝視していた。ところが、取り出したものはポン太の期待を裏切ってしまった。鼻先を近づけて慎重ににおいをかいでいたが、結局食べようとはしなかったのだ。

そこで、そういうこともあるかもしれないと思い、念のためタッパーに入れておいたカニかまを取り出し与えてみた。これは、家を出る時、冷蔵庫の中に二本残っていたカニかまを、一本だけ失敬しておいたのだ。すると、カニかまはお気に召したらしくて食べ始めた。カニかまを食べ終わったポン太は、池を見渡せるお気に入りの場所に行き、日だまりにの中で丁寧に身繕いを始めた。

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ポン太がいなくなったのを見計らって、今度はモミジがやってきて、魚肉ソーセージに鼻先を近づけた。そして、何回もにおいを嗅いでから、それを食べ始めたのだ。

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グループ内の序列に従って、食べる順番が決まっているのだ。最初はポン太、残りをモミジあるいはミコ、ポン太が全部食べてしまえば、あとのネコは食事にありつけないということなのだ。それが自由ネコたちの世界の現実なのだった。

日差しは暖かいが、冬の空気はやはり冷たい。その冷気の中に身を置けば、風邪の養生のため、家の中でぬくぬくと正月を過ごした身にとっては、体が冷え切ってしまうことが気にかかる。家を出る時に、軽い昼食だけしかとっていなかったことを思い出せば、一刻も早く何か温かいもので胃袋を満たす必要があると気がせく。何かに引き寄せられるかのように目を転じれば、少し離れた店の前のラーメンと記したのぼりが目に飛び込んできた。



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2012年01月06日

自由ネコたちの新年

年が改まってから、まだ一度も都心方面に出かける機会がなかった。喉の痛みはとっくにひいたが、鼻づまりが続き、どうもすっきりしないせいもあったが、佐倉くんだりから都心に行くと、交通費だけでもバカにならないから、出る機会がなければそれに越したことはない。ただ、一つだけ気がかりなことがあった。

察しの良い方はもうお分かりだと思うが、そう、あの自由ネコ「ポン太」のことなのだ。去年の秋は暖かい日が続いた。ところが年末になり、急激に寒くなり、年が明けても寒さが続いている。この寒さの中、ポン太とその仲間たちは無事年を越せただろうか、それが気がかりだった。

気温は昨日と同じ程度、ただ風がなく、病み上がりの身にとっては、おあつらえ向きの日和だった。今年になってから、シャッターボタンを一度も押すことのなかった一眼レフを担いで、撮り初めにあの公園に出かけたのだった。

池の畔には、穏やかな冬の日差しが注いでいた。平日なのに人出が多いのは、まだ松の内だからなのだろう。子供たちの姿もそこかしこに見受けられる。いつものように、ネコの姿を探しながら遊歩道を歩いていく。

ポン太が自由に行き来している場所が彼の縄張りだとすると、池の畔のかなり広い一角を占有しているということになる。ネコの縄張りというものが、一般的にどの程度の広さであるのかは知らないが、彼の縄張りの広さからすると、そのあたり一帯では、かなり顔が利く存在ではあるようだ。

ポン太のお気に入りの場所には、その姿はなかった。カメラを持った先客がいて、何かに向かってカメラを構えていたから、たぶんそのレンズの先にはネコがいるのだろう。横から入って邪魔するのも悪いので、その人が立ち去るまで待つことにした。

去年の秋、この場所で遭遇したあの自転車男は、公園のネコに関していろいろなことを教えてくれた。公園に居住する自由ネコたちの名前も、たくさん知っていた。、トラノスケ・アユ・チャコ・カエデ・ハチ・ポンちゃん・クロ・トラ・ミクロ・ミケそしておっかさん…という具合に、淀みなくネコの名前を挙げていった。聞けば彼が考えた名前ではなく、いつしかそんな名前で呼ばれるようになり、そのように呼ばれているのを聞き知って、覚えたということだった。それにしても、たいした記憶力だ。

ポン太と行動をともにしている二匹のネコの名前も、その中に含まれている。ただしここでは実名は避けて、「モミジ」「ミコ」と呼ぶことにする。その「モミジ」と「ミコ」という二匹のネコは、ポン太の仲間と言って良いのか、配下なのか、それとも家族なのか、そのあたりはよく分からないが、いつもポン太の近くにいて、争うこともなく過ごしているから、とりあえず仲間としておく。

粘り強く写真を撮っている女性がやっと立ち去った。彼女が撮っていたのは、その「モミジ」と「ミコ」だった。「モミジ」は、落ち葉が降り敷く日だまりに丸くなって眠りこけていた。「モミジ」も、落ち葉を布団代わりに座って、日差しを体いっぱいに浴びていた。「モミジ」のふっくらと丸みを帯びた体は、以前とまったく変わっていなかった。

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仲間の二匹のネコが無事ならば、ポン太も寒さをものともせず、たくましく生き延びているに違いない。どこからかひょっこり現れて、ミャーオとなきながら近づいてくるかもしれない。

(つづく)
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2011年12月22日

クロネコのいらっしゃいませ

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御徒町にて

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2011年11月29日

ポン太はどこへ行った?

3週間ほど、ポン太に会えなかった。フランス語講座がある日にには、授業が終わってから、ポン太が暮らす公園に立ち寄ってはいたのだが、いつも縄張りにしていた場所には姿が見えなかった。ポン太どこへ行ってしまったのだろうか。

先日も授業が終わってから公園に立ち寄ってみたが、やはりポン太はいなかった。そのかわりポン太がいた辺りには、二匹のほかのネコが、夕日を浴びながらのんびりと過ごしていた。ポン太は縄張り争いに負けて、転居せざるを得ない仕儀となったのだろうか。

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晩秋ともなれば、陽が落ちるのは早い。ポン太に未練を残しながら、撮影を切り上げて遊歩道を伝って公園の出口に向かった。道筋のベンチには、あかね色がかすかに残る西の空に見入っている人が座っている。イヌと散歩をしている人がいる。紅葉の木の下に寄り添う二つの影がある。身が固まってしまったかのように、顔を伏せたまま座り続けている人いる。ホウキを手にして、落ち葉を掃き集めている人もいる。都会の公園という場所には、さまざまな人生が凝縮されている。

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50メートルほど歩いたとき、黒っぽい小動物の姿が目に入った。ひょっとして…と目を凝らすと、黒に混じって白っぽいものも見えた。その黒と白との模様からして、小動物は紛れもなくポン太だった。雨の降る寒い夜もあったはずだが、無事命をつないでくれていた。

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足早に歩いて行く後ろ姿に向かって、
「ポン太」
と声を掛けてみると、振り返ってこちらを見た。そして、きびすを返して、近づいて来るではないか。今までは、声を掛けても親愛の情を示してくれることなどなく、いつも知らんぷりしていたというのに、思いがけないことだった。おまけに「ミャーオ、ミャーオ」となきながら近づいて来るではないか。そして、さしだした手に体をすり付けてきた。

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ポン太は、再会を喜ぶそぶりを何回か繰り返し、再び後ろ姿を見せて、振り向きもせずその場を去って行った。何となく物足りなさを感じながら、その姿がビルの隙間に消えていくのを見送ったのだった。そのあっけない再会の場面は、まるであらかじめ準備されていたの儀式のようでもあった。

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2011年11月03日

自由ネコ「ポン太」の日常(3)…カニカマが食べたい2


自転車男が、コンビニでカニカマを買ってくると言い残し、自転車にまたがって公園の外へと走り去ってから、もうかれこれ20分近く経つ。だいたい、カニカマというものは、コンビニで売っているのだろうか。そんなことを思っていると、カニカマへの期待感は急速にしぼんできた。

陽はすでに西に傾き初めていた。カメラ男の様子をうかがうと、西日に照らされながら、空をぼんやりと眺めていた。眠気がさしてきて、アクビがやけに出る。まぶたが重くなるのと同時に、頭も重くなって、いつの間にか眠りの世界に引きずり込まれていた。

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その心地良い眠りを破ったのは、カメラ男の声だった。
「来た! ポン太、帰って来たよ!」
その声に慌てて身を起こし、カメラ男が視線を送る方を見ると、確かにあの自転車男が、お尻をサドルから浮かせて、前傾姿勢を取りながらこちらに向かって来るのが見えた。

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「わるいわるい、待たせちゃったね」
自転車男は、息を弾ませながら待たせたことを詫びた。オレは心の中で、500円玉を持ち逃げしたに違いないと疑ったことを詫びた。
「ずいぶん時間がかかりましたね」
「最初コンビニに行ったんだよ。そしたら、カニカマがなくてね。仕方がないから、スーパーに行ってみたんだよ。隣の駅の近くに、魚専門のスーパーがあるだろ、そこだよ」
「それで、あったんですか」
「あった、あった。ホレ」
と言って、レジ袋を差し出した。
「いくらだったんですか」
「一パック130円。二つ買ってきた」
レジ袋から取り出されたカニカマのオレンジ色の背は、つややかに輝いていた。
「つい最近、家の近くのスーパーでカニカマを買ったことがあるんですが、たしか特売品で78円だったかな。ネコにあげるなんて、もったいないような高級品ですね」

ネコにあげるのはもったいないだって…たくさん写真を撮らせてあげたんだから、お礼としてちょっとは高級なものを食べさせてくれたってバチは当たらないよ。早くちょうだいと、一声「ニャーォ」と鳴いてせかしてみた。

自転車男は、一本のカニカマをオレ様の鼻先に置いた。すぐに食いつきたいところだが、軽いネコにみられたくないから、クンクンと臭いをかぐフリをしてから、おもむろに食らいついたのだった。

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posted by 里実福太朗 at 23:55| ねこ

2011年11月01日

自由ネコ「ポン太」の日常(2)…カニカマが食べたい


その男が現れたのは、たしか9月下旬のこと、まだ暑い日が続いていて、いい加減うんざりしていた頃だった。何が入っているのか分からないけれど、パンパンにふくらんだデイパックを背負い、肩から小さめのショルダーバッグを斜め掛けにしていた。少し猫背で、背の丈は180センチは超えていそうだ。年の頃は60歳前後だろうか、見ようによってはもっと若く見える。

オレ様に、カメラを無遠慮に向ける輩は数多くいる。オレの邪魔さえしなければ、撮りたいヤツには勝手に撮らせておくのがオレ様の流儀だ。だからその男が、ショルダーバッグからカメラを取り出したのが目に入っても、別に気にならなかった。

最初は遠くの方からカメラを構えていた。そして腰を低く落として、、少しずつ少しずつにじり寄ってきた。そうなってくると、ちょっとは気になってきたが、それでも我慢していた。男はオレが逃げないのをいいことに、鼻先にレンズを近づけて撮り始めた。いくらオレ様がアップにたえる顔だとしても、限度があるというものだ。とうとう嫌気がさして、体の向きを変えて、お尻を向けてやった。

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ところが、その男はオレの正面に回り込んでまたアップで撮り始めた。こういう手合いには、一発うなり声を上げて、オレの自慢の牙を見せて脅すか、あるいは、人間が来られない所に移動するか、そのどちらかで対処する必要がある。オレは、とりあえず今回は後者を選んだのだった。

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その男は、未練たらたらの体で、オレの方をずっと目で追っていた。ヤレヤレこれで安穏な時間を取り戻せた、そう思い始めたときだった。以前見たことのある顔が、あの男に話しかけているのが見えた。その男は、以前はこのあたりでよく見掛けたが、近ごろはさっぱり姿を見せなくなっていた。久しぶりでみたその男は、どこで調達したのだろうか、立派な自転車にまたがっていた。耳を澄ますと、こんなやり取りが聞こえてきた。

「やあ、逃げられてしまいましたね。あいつは、ポン太って言うんですよ。昔はこわがりでね、すぐ逃げたもんだ」
「そうですか、今は、すぐ逃げなかったですよ」
「エサをやって、手なずけたんだよ」
カメラ男は顔をしかめて何か言いたげだったが、ぐっとこらえてその言葉を腹の中にしまったようだった。
「エサって、煮干しのようなものですか」
「そんなもんじゃ、だめだよ。ここらのネコは、いいもん食ってるんだよ。煮干しなんかじゃ、見向きもしないよ」
自転車男は、我々の食生活について、ある程度の知識は持っているようだった。
「キャットフードみたいなものですか」
「それでもいいよ。それと、あいつはカニカマが好きなんだ」
「カニカマですか」
オレの耳がピクンと動き、よだれが流れ落ちそうになった。大好物の「カニカマ」、そういえば近ごろありついていない。
「金があれば、買ってきてあげるんだけど、仕事がなくてな、金がないんだ。今日だって、この公園で炊き出しがあると聞いたから来たんだけど、もうなくなってたんだよ。あんた、金ある? あるなら、それで買ってきてあげるけど」

金がないと聞いてがっかりしたけれど、カメラ男の方は、あんな立派なカメラを持っているんだから、カニカマを買うくらいのお金は持っているに違いない。カメラ男が、財布の中身を見られないように、バッグの中に手を入れて、もぞもぞと動かしているのを、期待をもって見つめていた。
「100円あれば、買えるよ」
「100円玉がないなァ…500円玉ならあるんだけれど」
「それでいいいよ、お釣り持ってくるからサ、500円で」
カメラ男は、自転車男の顔をじっと見つめていた。そして、500円玉を取り出して、自転車男の手のひらに載せた。
「よし、近くのコンビニに行ってくるよ。ここで待ってろよ、必ず帰ってくるからな」
と言うなり、自転車に飛び乗って、風のようにどこかに去って行った。

オレは、ちょっと心配だな。あの自転車男は、炊き出しに食いっぱぐれたんだろ、それに500円と言えば、大金だ。考えたくはないけれど、持ち逃げしてしまうことだってあり得ないことではない。公園でいろんな人間模様を見ているオレ様の想像では、その確率の方が高いな。でも、カニカマは食べたい。だから今だけは、オレの人間を見る目が狂っていることを願うよ。

自転車男が消えてから、もう10分以上は経っているに違いない。頭の中のカニカマに、霧がかかってだんだん見えなくなってきた。カメラ男も、自転車男が消えた方向をじっと見つめ続けている。そして、ときどき腕組みをして深いため息をついた。もうカニカマは、諦めた方がいいのかもしれない。
posted by 里実福太朗 at 23:50| ねこ

2011年10月30日

自由ネコ「ポン太」の日常(1)


近ごろは、フランス語講座からの帰途、必ずといっていいほど、とある公園に立ち寄っている。その公園に住み着いている自由ネコたちの姿を、写真に撮らせていただくためである。

何回か通ううちに、その中の一匹、白黒の毛並みのネコと親しくなった(当方が一方的にそう思い込んでいるだけかもしれないが)。写真を撮っていると、たまに公園の事情に詳しい不思議な人と出遭って、話を交わすこともある。ある時その人から、白黒ネコの名前を教えてもらった。ネコといえど、実名を明らかにするということは、プライバシー尊重の観点から避けるべきである。そこで、「ポン太」という仮名で彼を呼ぶことにする。なお、実名の名付け親は不明だということだ。

そのフクポン太と接するうちに、彼との意思疎通がはかれるようになってきたのだ。そんなバカなことはあり得ない、とお思いになる方がいらっしゃるかもしれないが、事実なのだから信じていただくより仕方がない。

以下は、そのポン太が、自らの日常を、とはずがたり風に語っていくのを聞き書きした文章である。

今日も、日が暮れていく。昨日もこの金属製のクイに寄りかかって、暮れゆく空を見ていた。その前の日も…、こんなふうに眺めるだけの暮らしが、毎日繰り返されていく。

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陽が西に傾き始めたころ、オレは、何人もの人間どもに囲まれていた。人間が座るときのように、体を起こして遠くを眺めていると、またたく間に四・五人がオレを取り囲んで、
「まるで人間みたい」
と口々に叫んで、ケータイなどで遠慮会釈もなく撮り始めたんだ。以前は癇にさわることもあったけれど、近ごろはもう慣れっこになってしまって、人間どもの好きなようにさせているんだ。

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ただし、手を出してオレに触ろうとする輩には、こちらだってそれなりの対応をする。たしか先週だったと思う。今も目の前にいる一眼レフを首からさげた背の高い男が、オレ様に触ろうとしたから、その男の手を、右の手でポンポンとたたいたら、すぐ手を引っ込めたっけ。

もちろん爪は隠したままだったけれどね。爪を立てて怪我でもさせようものなら、あのネコは凶暴だという噂がすぐにたつ。そうなると、一番の心配は、エサをくれる人がいなくなってしまうかもしれない、ということなんだ。だから、命に関わる場合以外は、爪で引っ掻くことはしないことにしているんだ。公園で生き延びていくための知恵だね。

男に触られるのはイヤだが、女性、とくに若い女性の場合は、拒否しないようにしている。若い二人連れが目の前をよく通るが、オレに近づいてくるのは、だいたいのところ女性の方なんだ。男の方は、
「引っ掻かれるから、やめといた方がいいよ」
なんて余計なことを言う。そんな時は、安心させるために、猫なで声で、
「ミャー」
と鳴いてみせると、近寄ってきて撫でてくれるんだ。撫でてもらうと、黒い毛の部分のツヤが増すような気がする。そういうこともあって、女性の場合は、撫でられるのを拒まないようにしているんだ。

さて、座っているのは、ネコ族にとっては不自然な姿勢だから、とても疲れる。観客が多いときは、オレもサービス精神を発揮して、長い間、その格好で座っているから、人間どもが飽きていなくなると、とたんに気が緩んで疲れがどっと出る。疲れが極まった時にゃ、ゴロンと横になってしまうことだってあるんだ。

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公園で自由気ままに暮らす我々のことを、うらやましげな目で眺めて通り過ぎる人もいるけれど、自由と思われている生活にも、それなりの苦労があるんだ。自由な境遇には、かえって不自由な面があることを知ってもらいたいね。

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2011年10月24日

谷津田のあたりで出遭ったネコたち


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2011年10月01日

自由ネコとの接し方


フランス語講座の終了後、久しぶりで都バスを使って上野まで出た。例のネコにちょっと挨拶していこうと思いつつ、池のほとりを歩いて行くと、違うネコのグループに遭遇した。挨拶せずに通り過ぎるわけにもいかない。

初対面のネコとの接し方は、なかなか難しい。ましてや自由ネコの場合は警戒心が強くて、カメラを向けただけで、すぐに逃げ出すことができるように身構える。そういうときは一歩でも近づくとすぐに逃げられてしまう。

そういう警戒心の強いネコとお近づきになるには、ちょっとしたコツがある。エサをやりながら近づこうと試みている人を見掛けることがあるが、それは邪道である。ネコに危険人物というレッテルを貼られないようにするためには、彼らが守っている縄張り空間に、時間をかけて徐々に溶け込んでいくのが、遠回りのようではあるが確実なやり方なのだ。

ただし、その方法でいつも成功するとは限らない。いくら時間をかけても、決して心を許そうとしないネコもいる。そういうネコとは相性が悪いのだと思って、いったんはお近づきになることは諦めた方がよい。

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2011年09月23日

あの猫に会うために


会期末の展覧会は混雑するものと聞いてはいたが、たしかに会期末になってノコノコ出かけるのはやめておいた方が良い。疲れた足を引きずりながら平成館の外に出ると、入館待ちの行列はまだ続いていた。そして先ほどの好天とはうってかわって、雲行きが怪しくなっていて、今にもポツリポツリと来そうな気配が漂っていた。

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実際、歩き始めてから少しして、ポツリポツリと落ちてきた。
「まいったなァ」
と、行列整理係の人がつぶやいた。雨に降られると困るのはこちらも同じだが、ただ当方の場合は、カサを持ち合わせていなかったからではなく、雨を嫌って被写体がどこかに雲隠れしてしまうかもしれないこと、それが困る理由だった。

わざわざ一眼レフを担いできたのは、お目当ての猫スポットに立ち寄って、写真を撮ろうという魂胆があったからなのだ。雨が降れば、濡れることを嫌う猫は、すぐさま姿を隠してしまうかもしれず、そうなれば目算が外れてしまう。

幸い雨は本降りとはならず、猫がいるだろうと見当をつけていた場所には、見覚えのある毛並みの猫が、小雨の中、小走りに通りすぎていく人たちの様子を眺めていた。

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2011年08月06日

ネコの避暑地

ネコは、風がよく通る涼しい場所を見つけるのがとても上手だ。

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車が影を落としている地面は、十分に冷気を含んでいて、ネコの体に心地よい冷たさを伝えているに違いない。西側にある林を吹き抜けてくる風が、車の下を通り過ぎていけば、まるで避暑地にでもいるような心地よさをもたらしてくれるのだろう。


posted by 里実福太朗 at 23:30| ねこ