2011年03月25日

地震発生から2週間後の変化

マグニチュード9.0の大地震が発生してから、もう2週間も経った。余震は少なくなったが、依然として続いている。一日に何回も揺られられることが繰り返され、いわゆる「地震酔い」といような症状を訴える人も出てきていると聞く。「地震酔い」になると、地震が発生していないときでも体が揺れているように感じてしまうらしい。

◆余震
気象庁の地震情報(震源・震度に関する情報)に基づいて、3月18・25日の地震データをまとめてみた。

3月25日(金)
〔発生時刻〕〔震央地名〕〔M〕〔最大震度〕
21時54分頃  長野県南部  3.3   3
21時30分頃  宮城県沖   4.1   3
20時36分頃  宮城県沖   6.2   4
17時37分頃  福島県浜通り 3.6  3
4時44分頃   宮城県沖   4.8   3
3時16分頃   茨城県沖   4.3   3
2時08分頃   茨城県北部  4.7   3

3月18日(金)
〔発生時刻〕〔震央地名〕〔M〕〔最大震度〕
21時17分頃  岩手県沖   4.8   3
17時27分頃  茨城県沖   4.1   3
17時01分頃  茨城県沖   5.4   4
16時31分頃  宮城県沖   4.5   3
11時48分頃  福島県沖   5.1   3
10時50分頃  茨城県北部  4.3   3
9時41分頃   茨城県沖   5.4   3
6時24分頃   岩手県沖   4.9   3
6時18分頃   福島県沖   4.5   3
3時55分頃   福島県沖   5.7   3
3時38分頃   福島県沖   4.7   3

◆ガソリン
地震発生以来ガソリン不足が続き、品切れとなるガソリンスタンドが続出した。ガソリンの入荷があったスタンドでは、ガソリンを求める車列が延々と続いた。先週の木曜日のこと、30分ほど並んでやっとガソリンを入れることができた。スーパーに行く途中でそのスタンドの前を通ったところ、車列はきれいさっぱり消えていた。ガソリン価格は値上がりして、1Lあたり149円になっていた。

◆食料品
入荷未定となっていたお米は、千葉県産のもの数種類が山積みとなっていた。買い求める人もなく、1家庭あたり1袋と書かれていた張り紙もなかった。納豆も豆腐もあった。ただ、パン類の種類は少なかった。

◆ミネラルウォーター
これも品不足が続いていた。水道水の放射線物質による汚染の問題が発生してからは、さらに品不足に拍車がかかり、まったく棚に並ばない状態が続いている。

佐倉市の水道水からも、放射性ヨウ素が検出された。しかしその値は小さく、乳児の場合を含めて国の基準を下まわっていた。ただ、たとえ基準を下まわっているとしても、放射性物質がわずかでも含まれている水は、我が子に飲ませたくないと思うのが、乳児を持つ親の気持ちというものなのだろう。

なお佐倉市では、防災井戸から汲み上げた地下水(塩素消毒済み)を提供する給水活動を実施している。
 
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ

2011年03月07日

「ソーシャル・ネットワーク」

映画「ソーシャル・ネットワーク」は、日本では1月15日に公開された。それから一ヶ月以上も経ち、上映館が少なくなっているというのに、どうして今ごろ観に行ったのか、いまさらそのことを説明する必要はないと思われるが、簡単に書いておくことにする。

「ソーシャル・ネットワーク」は、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を提供している「Facebook」の創始者、マーク・ザッカーバーグが成功をおさめるまでを描いた作品である。

その「Facebook」が、最近北アフリカで起こっている政変で、重要な役割を果たしているということを耳にすることが多くなり、遅ればせながら「Facebook」というSNSに多少なりとも興味を持つようななった(カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」の方が大きな役割を果たしていると指摘する解説者もいるようだが…)。そして、創始者をモデルとしている「ソーシャル・ネットワーク」を観てみようと思うに至ったのだった。

主人公の大学生は、並外れたプログラミングの才能を活かして、大学生専用の交流サイトを立ち上げ、それが後に「Facebook」という巨大なSNSに成長する。一人の若者が、失恋の痛手と反抗心をエネルギーに変え、莫大な富をつかみ取るまでの成功譚、簡単にいってしまえばそういうお話だった。いつの世も、失恋と反抗は青年の特権ということなのだろう。
 
posted by 里実福太朗 at 01:32| 里のつれづれ

2011年03月06日

佐倉の河津桜は七分咲き

2011030019.jpg

2011030020.jpg

図書館近くの公園にて

 
posted by 里実福太朗 at 22:54| 里のつれづれ

割引サービスを見極めろ!

近くの映画館であれば、高速代も駐車料金もかからない。しかし見たい映画が、そこではすでに上映終了になっているのでは仕方がない。まだ「ソーシャル・ネットワーク」を上映している映画館をウェブで探し出し、数少ない上映館の一つである「シネプレックス幕張」まで行って観てきた。

2011030016.jpg  2011030017.jpg
JR海浜幕張駅


割引サービス「夫婦50割」を利用すれば、二人で2600円かかるところ、2000円で見ることができる。しかし幕張まで行って映画を見るとなると、高速料金、加えて駐車料金、さらに近ごろ高騰しているガソリン代もバカにならない。上映開始が1時15分からでは、その前に腹を満たしておく必要だってある。

映画を観る際の駐車料金は、「シネプレックス幕張」が入っている「メッセ・アミューズ・モール」の駐車場を利用すれば、3時間まで無料である。しかし映画の上映時間は2時間以上、昼食時間を含めると3時間をオーバーしてしまう。そうなると、ばからしいことに1時間400円の駐車料金がかかってしまう。この分を何とか無料にできないものだろうか。

先に映画の鑑賞券を買い求めてから、昼食場所をさがすために1階におりた。そして昼食場所として適当なお店をさがすために、その近辺を何回も往復しているうちに、店によって割引サービスに違いがあることが分かってきた。

【駐車場割引サービス】
1.飲食代2000円以上利用で1時間無料券1枚
2.飲食代1500円以上利用で1時間無料券1枚
3.金額にかかわらす利用すれば1時間無料券1枚

【映画半券サービス】
シネプレックス幕張の映画半券を提示すると、飲食代金が10%OFF

駐車場割引サービスと映画半券サービスとの両方が利用できる店を探したのだが、残念ながら見つからなかった。そこで一番お得な駐車場割引サービス3の店を利用することにした。

実は、この店は映画半券サービスも行っていたのだが、店頭に「半券」とはっきり表示されていたので、「半券」でなければならないと思い込んでいた。ところが会計の際、使用前の鑑賞券でも10%OFFのサービスが受けられることが分かったのだ。

ということで、結局「ココス」という店で、めでたく両方のサービスが受けられることになったのだった。

2011030018.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 00:43| 里のつれづれ

2011年03月05日

今年もTEAM26に入ったぞ!

先発投手陣がちょっと手薄な感じはするけれど、今年も西本投手コーチの手腕に期待しよう、そう思っていたのだが、西本さんは二軍の投手コーチになってしまった。監督との確執があって退団するかもしれないという噂も流れたが、本当のところはよくわからない。マリーンズのウェブサイトには、『二軍の選手を育てる』というコメントが載っていた。

2011030015.jpg
posted by 里実福太朗 at 15:03| 里のつれづれ

がんばれ!小林宏之投手

オープン戦が始まり、今年もまた野球のシーズンがやってきた。千葉マリンスタジアムは、3月1日から「QVCマリンフィールド」と名前を変えて、新たなスタートを切った。ただ、西岡選手がメジャーに行き、小林宏之投手が阪神に移ってしまって、ちょっと寂しい気もする。

実は当方、小林投手を応援していたのだ。ここ何年かは、先発していい投球をしていても、不運に見舞われることが多々あり、思うような成績を残すことができないシーズンが続いていた。昨年は抑えにまわり、日本シリーズでマリーンズが頂点をきわめることに貢献したものの、それまではどちらかといえば、不遇の時代だったと言ってもよいだろう。

先発の時、彼はどうして勝てなかったのだろうか、と今でも思うことがある。何かが足りなかったのかもしれない。その何かとは…勝手な想像で言わせていただければ、それは精神的な面にかかわることだったのかもしれない。

昨年はクローザーとして、ある程度の成績は残した。セーブ数だけを見るとそう言ってよいだろう。しかしセーブを記録した試合であっても、不安定な投球が目立つこともあった。特に交替した直後の投球に、それが顕著に現れていた。

最初のバッターにヒットを打たれる。次のバッターにフォアボールを与えてしまう。マリーンズの応援団は、ヒヤヒヤしながら悪夢の再現を頭の片隅に思い描いてしまう。しかし、ここから小林投手は立ち直るのだ。彼本来の投球を思い出し、見事な投球を繰り広げ、その回を無失点で切り抜ける。

たとえば、こんな具合なのだ。救援投手としてマウンドに上がるのは、非常に緊迫した場面だから、極度の緊張にさらされるのはもちろんのことだ。その緊張感をはね返して、最初の対戦バッターを打ち取ってこそ、クローザーとしての面目躍如なのである。しかし、小林投手はそうではなかった。

こんなことを書くと、小林投手をけなしていると受け取られてしまうかもしれないが、そんなつもりは毛頭なく、本当のところは彼のそういう投球スタイルに魅力を感じていたのだ。もろさを内に抱えながら、もがきながらも相手をねじ伏せていく、その粘り強い投球スタイルに惹きつけられていたのだ。

彼のそういう投球スタイルは、きっと阪神の選手となっても変わらないのだろう。阪神ファンの皆さんには、彼が救援投手としてマウンドに上がった直後、ヒットを打たれたり四球を出したりしても、少し辛抱していて下さいとお願いしておかなければならない。彼は必ずピンチを切り抜けてくれるはずだからだ。

マリーンズとはリーグが違うから、日本シリーズで阪神と対戦するまでは、小林投手を引き続き応援しようと思っている。

posted by 里実福太朗 at 01:48| 里のつれづれ

2011年03月03日

ひな祭りの日のお土産はマカロン

まだ退職前の頃のこと、京成電車では、「快速特急」を略して「快特」とアナウンスしていた。「快特」としてしまっては、「快速」と聞き間違えるおそれがあるのに、どうして略してしまうんだろう、といつも疑問に思っていた。

そんなことを思い出しながら、勤め帰りの人たちに混じりながらホームで快速特急が来るのを待っている時、隣に並んでいた中年男性にふと目を向けると、その男性は早稲田カラーの紙袋をさげていた。そして紙袋には、大きく「DALLOYAU」と記されていた。

どう読むのだろうと思いつつ、一字一字追ってローマ字読みをしてみると「ダッロヤウ」となってしまう。どうも英語ではないようだと思ったその時、あることを思い出した。そうだ、フランス語だ。つい最近、その発音の仕方を確かめたではないか。「ダロワイヨ」とよむフランスの菓子店の名前だったのだ。

その小豆色の紙袋の中には、きっとマカロンが入っているのだろう。ホワイトデーまではまだ間があるから、バレンタインのお返しとしてはまだ早すぎる。大の大人が自分用として買っていくことはまず考えられないから、家族へのお土産なのだろうか。紙袋の大きさから推察すると、たぶん12個入りのマカロンだろう。もしそうならば家族構成は、奥さんと難しい年ごろの女の子が二人、といったところだろうか。

今日は3月3日、ひな祭りの日だ。娘たちとは会話を交わすことはほとんどないけれど、女の子が好みそうなきれいなお菓子でもお土産に買って帰れば、気むずかしい娘たちもチョットは笑顔を見せてくれるかもしれない。そんなことを思って、マカロンを買い求めたのだろう。

近ごろは、いろいろな種類のマカロンが店頭に並んでいる。ショーケースの前に立ったものの、その男は種類の多さに圧倒されたにちがいない。何を選ぼうかと途方に暮れて棒立ちになっていると、若い店員さんが、
「何にいたしましょうか」
と声をかけてくる。目はおよぎ始め、いっそのことその場から逃げ出してしまいたいと思っても、金縛りにあったように体が動かない。どうしてマカロンを買おうなどという気持ちを起こしてしまったのか、そのことを悔やんでみてももう遅い。
「このあたりが人気商品ですが」
男の心中を察したのか、店員さんが助け船を出してくれる。
「人気のあるもの、3個ずつ4種類」
言い方がぶっきらぼうになってしまうのは、仕方がない。
「全部で12個ですね」
そう確認して、店員さんは手際よく選んで箱に入れていく。その様子を眺めているうちに、男はやっと人心地がついてくる。

そんなふうにして、やっと買い求めたマカロンだったのだ。柄でもないことをしたと悔やむ気持ちは、もう消えていた。手にしている紙袋の中のマカロンのことを思うと、チョットした達成感さえ感じていた。

こんなふうに想像してみたものの、男はほんとうにそんな気分にひたっているのだろうか。それを確かめるために男の表情をうかがおうとしたが、帰りのラッシュアワーに差し掛かった車内はかなりの混みようで、うかがう術はなかった。
 
posted by 里実福太朗 at 23:40| 里のつれづれ

満開の桜とパンダ

都心に出た日は、上野経由で帰ることが多い。昨日もいつも通り、JR上野駅の改札口を出て京成上野駅に向かおうとしたところ、満開の桜の樹の下にパンダが座っている光景に出遭った。

2011030012.jpg


パンダの公開は、3月下旬が予定されている。その頃は、桜の花のたよりも届き始めていることだろう。上野の山の桜並木も、花が咲き始めていることだろう。今年の春の上野の山は、花見客とパンダ見物の客とで、大変な騒ぎになりそうな予感がする。

2011030013.jpg  2011030014.jpg


posted by 里実福太朗 at 15:35| 里のつれづれ

上野動物園のパンダ

中国から大金をはたいて借りたパンダは、すでに上野動物園に到着しているそうだ。公開はもう少し先のことで、3月下旬になるらしい。

上野動物園の招待券が手に入り、その有効期限は3月末だから、もう少し待てばその券でパンダを観ようと思えば観ることができる。しかし、ものすごい混雑になることは言わずもがなである。よく宣伝の行き届いた美術館で名画を見るのと同じような、あるいはもっとひどい混雑になることは必至である。そこでパンダが公開される前に行ってみることにしたのが、先週の金曜日のことだった。

2011030009.jpg 2011030010.jpg


気の早い人は、改修中のパンダ舎だけでも一目見たいとやって来るらしいが、われわれ夫婦は断じてそんな心情は持ち合わせていないことを、念のため断っておくことにする。表門をくぐるとパンダが迎えてくれた。もちろん作り物だが、初めての来園記念として写真におさめておいた。

2011030011.jpg


posted by 里実福太朗 at 15:12| 里のつれづれ

2011年03月01日

600メートル直前のスカイツリー

3月に入った今日、東京スカイツリーの高さが600メートルを超えたそうだ。それは13時29分のこと、今までの594メートルの高さから601メートルに伸びて、夕方には604メートルに達した。今月中には最終的な高さである634メートルになるそうだ。

次の写真は、まだ600メートル超えしていなかった2月25日に、上野動物園で撮影したものだ。600メートルを超える直前の写真は、もう二度と撮れないのだから、そういう意味では貴重な写真になりそうだ。まァ、その高さの写真を撮った人は、ほかにもたくさんいらっしゃるとは思いますが…

2011030001.jpg


2011030002.jpg


2011030003.jpg


2011030004.jpg 2011030005.jpg



posted by 里実福太朗 at 23:45| 里のつれづれ

2011年02月27日

武蔵野はちみち団ライブ2011

ライブコンサートを最後に観たのは、去年の「サイモンとガーハンクル」の東京ドーム公演だったと思う。それ以来ライブコンサートと名のつく催し物には縁がなかったが、久しぶりで先週の土曜日、アユミギャラリーで行われた「武蔵野はちみち団」のライブを観る機会があった。

なにしろギャラリーで行われたのだから、20人ほどの観客が入れば、満員状態になってしまう。しかし狭い会場の方が、かえって間近で観ることができて臨場感も増す。会場の雰囲気にドップリと浸って、濃密な時間を過ごすこともできる。「武蔵野はちみち団」のコンサートも、そのようなライブだった。

その夜の編成は4人、ボーカル・アコースティックギター(ハーモニカ)・ベースギター、それに加えてドラムス代わりの打楽器、珍しい楽器ということだったが、残念ながらその名称を聞き逃してしまった。その楽器が刻む大げさでない音が、会場の広さにとてもマッチしていて、心地よいリズムを生み出していた。

2011020073.jpg

注:立ってマイクを握っている人は、「武蔵野はちみち団」のメンバーではありません。喜一山です(念のため)。

アユミギャラリーのライブは、今回で14回目となるそうだ。現在行われている写真展「人間漂流」も今回で14回目となる。共に14回目となるのは、人間漂流展のオープニングパーティーとしてライブコンサートが行われていたからということのようだ。

続けることが大切だとはよくいわれることだけれど、10年を超えて続けるのは並大抵のことではなかっただろう。興味対象が次々に変わってしまって、どうも長続きしないなという自覚のある者は、そう思うに違いない。

演奏された10曲ほどの中で、特に印象に残ったのは、「君のまちに行こう」という曲だった。哀愁を帯びたスローテンポな曲調の歌は、よく練って創り込まれていて、そしてよく歌い込まれていることも感じられた。それぞれの楽器が、それぞれの個性を出しながらもうまく調和して、間奏ではギターが心のこもった音色を奏で、曲の最後は、ベースギターが低く柔らかな響きを残しながらフェードアウトしていく。何回でも聴いてみたくなる曲だと言ってもよいだろう。

YouTubeに、彼らのコンサートを録画した動画が載っている。音質が悪いのと、「君のまちに行こう」がないのが残念だが、ライブの雰囲気を味わうことはできる。

旅人(たびにん)


楽しき脱走

 

posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ

春眠ネコ(2)

上野動物園に向かって公園内を歩いて行く途中、枝に身をまかせて惰眠をむさぼるネコと出遭った。手頃な高さで、水平に具合良く延びた枝で眠りにつけば、きっと楽しい夢が訪れてくることだろう。ネコは、居心地の良い場所を見つけ出す天才だ。

2011020068.jpg

2011020069.jpg


樹下の繁みの中にもネコが潜んでいた。

2011020070.jpg

のぞき込んだら、舌を出してそっぽを向いた。

2011020072.jpg


さらにもう一匹。コイツは道路にオシリを向けたまま、目を閉じて微動だにしない。つついてみても反応なし。動くのも大儀なのか、それともネコとしては珍しく性善説を信じているのか。人間はしばしば残虐なことをするから、気をつけた方がいいと思うけどね。
 
2011020071.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ

UENO STATIOM 越しに見るスカイツリー

2011020066.jpg

手前がJR上野駅

2011020067.jpg


posted by 里実福太朗 at 23:27| 里のつれづれ

西郷さんの願い

上野山下から見た西郷さん。手前のビルが取り壊されて、西郷さんの姿がよく見える。イヌの姿は、残念ながら見ることができない。

2011020064.jpg


新しく建てられるビルが完成すると、また西郷さんの姿はかくれてしまうのだろうか。西郷さんはきっと、隠れてしまうことのないように、と願っていることだろう。

2011020065.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 22:43| 里のつれづれ

2011年02月24日

北千住のネコ

薄汚いけれど、どことなく風格の漂うネコと出遭った。写真塾の撮影会で、北千住の路地の細道を歩いていたときのことだ。カメラを向けてもまったく動じる様子もなく、その点、我が家の周辺で見かけるネコたちとはまったく違う。しかしこれほどまでに身をやつしたのはなぜなのか、それを訊ねても答えが返ってくるはずもない。

2011020061.jpg

2011020062.jpg
posted by 里実福太朗 at 23:45| 里のつれづれ

春眠ネコ

車にかけられたシートの上に、例の茶色ネコが丸くなって気持ちよさそうに眠っていた。買い物に出たとき、近所の家の車庫で目にした光景だ。いったん家に戻ってカメラを持ってこようかとも思ったが、時間の余裕がなかった。春めいてきた陽気に眠りをむさぼっていたのだろう、用事をすませて戻ってきたときにも、まだ茶色ネコは車の上にいた。

2011020059.jpg


春眠を邪魔されて迷惑だとでも言いたげな表情を浮かべ、塀の上をつたって悠然と去っていった。

2011020060.jpg
posted by 里実福太朗 at 23:30| 里のつれづれ

2011年02月23日

今日の西郷さん

2011020057.jpg


京成上野方面からみた上野のお山の西郷さん

2011020058.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:02| 里のつれづれ

2011年02月22日

広重/東海道五拾三次展

神楽坂のカフェ&ギャラリー「アートガレー カグラザカ」で、今日から「広重/東海道五拾三次展」が始まった。去年開催された「広重/名所江戸百景」に続く、望月義也コレクションによる広重展の第二弾である。本物の五十三次を間近で、しかも無料で観ることのできる機会はそうざらにはない。

「アートガレー カグラザカ」は、「アユミギャラリー」と同じ敷地内に建つ、高橋ビルの地下一階にある。神楽坂散策の折りに、アユミギャラリーをのぞき、アートガレーのカフェでコーヒーをすすりながら一休みして、それから広重展を観るのもいいだろう。

2011020056.jpg


詳しくはこちら
http://art-galley.craps.co.jp/exhibition_20110222.html
posted by 里実福太朗 at 15:30| 里のつれづれ

2011年02月21日

世論調査の信頼性

週末に行われた世論調査の結果が、各メディアから発表された。公表される内容がもう少し詳細にわたれば、その結果にいくらかの信頼性がもたらされるのかもしれないが、まったく改善されていない現状では、とても参考にすることなどできそうにもない。

多くの世論調査では、例えば内閣支持率が○○%・不支持が○○%という具合に、その結果だけを示すことが多い。メディアによっては、有効回答数・回答率、質問内容を示すこともあるが、特にテレビのニュース番組では、結果だけを示すことの方が多い。

せめて以下の内容くらい公表してくれれば、もう少し信憑性も高まるだろうと思われるが、調査結果が偏向している可能性があることを隠すためなのか、いつまでたっても同じ内容だけしか公表されない。情報公開を率先して行わなければならないメディアが、情報隠しをしているのではないかと疑いたくもなってしまう。

・地域別回答率
・男女別回答率
・年齢別回答率
・職種別回答率

これらの中でも、特に年齢別回答率を公表してもらいたいところだが、たとえそれが公表されないままでも、ある程度予想してみることはできる。

まず、固定電話による調査だから、いわゆる「イエデン」を持っていないと調査対象から外れてしまう。アパートなどで暮らしている若い人は、イエデンは持たずケータイだけを利用している例も多いはずだから、この時点で調査対象の年齢層に偏りが生じてくる。

さらにイエデンがあっても、勤めを持っていて毎日忙しく暮らしている人は、休みの日には趣味に没頭したり、疲れを癒すために休息をとりたいと思ったりしているはずだから、一方的にかかってきた面倒なアンケート調査を断る人も多いと思われる。

となると、貴重な時間をさいて調査に協力してくれる人は非常に限られてくる。イエデンがあり、時間面での余裕のある人、例えば、子育てが終わって子供が独立した人、定年退職して自由に使える時間が増えた人など、そういう人が主な調査対象になるのは自然な成り行きなのである。

そうであれば、対象年齢も自ずと明らかになってくる。つまり固定電話による調査方法では、かなり高い年齢層を世論調査の調査対象にせざるを得ないのだ。そしてこのことが、固定電話による調査結果に偏りを生じさせる最大の原因なのだ。

またメディアが、固定電話方法を採用している理由を邪推すれば、次のような想像も案外的を射ているのかもしれない、とも思われてくる。

そういう年齢層の人々は、自由に使える時間を利用して、新聞に丹念に目を通したり、テレビのニュース番組を毎日欠かさず視聴したりする。一方情報源として重要性を増しているネットに関しては、利用することはあってもその頻度はあまり高くはなく、自然な成り行きとして、情報源が新聞・テレビのようなメディア一つに限定されてしまう傾向がある。

いつも利用する情報源が一つだけだとすると、困ったことが起こってくる。他の情報源の情報と比較検討することができなくなるのだから、結果としてマスコミが流す情報を鵜呑みにしてしまうということにもなってしまう。

こうなると、マスコミの情報操作の餌食になったようなもので、マスコミが右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向くようになってしまう。これが意味することはもう明らかであろう。つまりマスコミは情報の提示の仕方によって、世論調査の結果を操作することさえできるのである。

以上述べたことには想像を交えた部分もあるが、世論調査に固定電話を使い、結果だけしか公表しないという状態がいつまでも続くようであれば、マスコミの意図する方向に調査結果を導くように情報を制限しているのだと言わざるを得なくなる。

情報へのアクセス制限が設けられている他の国のことを思い、日本はそういう国とは違うのだと安心しているようなところがあるけれど、実のところそれは錯覚なのかもしれない。たしかに日本では情報はあふれかえっているが、肝心な情報がこっそりと隠されている、あるいはねじ曲げられた形で提供されている可能性だってあるのだ。

こういうことを思えば、複数の情報源を利用することの重要性は、いや増すばかりである。さらにそれだけにとどまらず、複数の情報源の中から、より信憑性の高い情報を見抜く力を涵養することも大切なことになってくる。
 
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ

2011年02月18日

傘をゴミ箱に捨てないで下さい

日中の気温は14度をこえて、さながら春本番の暖かさだった。今までは好天に恵まれても、大気の奥に底意地の悪い冷たさが居座っていたけれど、それが感じられなかった。強い風が吹いたが南風ではなく、春一番とはならなかった。

駅のホームのゴミ入れに、骨が丸見えになったカサが突っ込まれていた。朝のうちは雨が残っていたから、カサをさして歩いているうちに強風にあおられて、変わり果てた姿になってしまったのかもしれない。

それにしても、ゴミ箱に捨てられたカサを見るのは初めてのことだった。しかし「傘をゴミ箱に捨てないで下さい。」と記されたシールが貼ってあるところをみると、カサを捨てる人がけっこういるのかもしれない。

2011020055.jpg


posted by 里実福太朗 at 00:00| 里のつれづれ

2011年02月15日

はだれ雪

昨夜来降りしきり積もった雪も昼を過ぎれば、はや「はだれ雪」となってしまった。

2011020054.jpg


posted by 里実福太朗 at 13:20| 里のつれづれ

雪が積もった

だいぶ激しく降り続く時間帯もあったが、今は小やみとなっている。庭にも道路にも、雪がかなり積もっている。

2011020050.jpg


2011020047.jpg 2011020049.jpg


2011020048.jpg
posted by 里実福太朗 at 01:10| 里のつれづれ

2011年02月14日

Dalloyaoの発音

家の前に宅配便の車が駐まったのは、ちょうどお昼を食べているときだった。
「注文しているモノはないけど」
とつぶやけば、夫人も
「ワタシも」
と返す。代休をやっと取ることができた息子も、心当たりがなさそうだった。だれも心当たりがなかったけれど、玄関のチャイムは鳴った。

届いたのは洋菓子だった。送り主はアカイヌさん、指定されていた配達日はバレンタインデーの今日、2月14日だった。包みの中には、Dalloyaoのマカロン・チョコレートが入っていた。

2011020046.jpg


Dalloyaoという店名の読み方は、フランス語を少しでもかじったことがあれば見当をつけることができる。「Dallo」の部分は、普通に「ダロ」と読めばよいことはわかる。最後の「au」を「オ」と発音することは、フランス語の入門書にも書いてある。問題は真ん中の「y」の部分の読み方だ。その読み方については、去年受講したフランス語入門コースの先生が、例を示して説明してくれたことがあった。忘れないように復習しておくことにしよう。

例:「Bon voyage!」…よい旅行を!

【母音字+y+母音字】:[y]→[i]+[i]
…[y]が母音字で挟まれると、分解されて[i]+[i]になる。

これを「voyage」という語に当てはめると「voiiyage」となる。「oi」の発音は「ォワ」だから、全体では「ボォワイヤージュ」という発音なる。

さてそうなると、「Dalloyao」の発音はどうなるのか。「oya」の部分は、【母音字+y+母音字】という形になっているので、「voyage」と同じように考えればよいのだ。

Dalloyao → Dalloiiyao

つまり「ダロォワイヨ」と発音すればよいのだが、店のウェブサイトを見ると、もっと単純化して「ダロワイヨ」となっていた。

日本のダロワイヨ
http://www.dalloyau.co.jp/menu.html

パリのダロワイヨ
http://www.dalloyau.fr/


大きな地図で見る

posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ

また雪だ

雪がスゴイ勢いで降っている。

2011020044.jpg


2011020045.jpg
posted by 里実福太朗 at 22:27| 里のつれづれ

2011年02月11日

今夜は大雪?

ここ佐倉でも、夕方から雪が降りしきるようになってきた。今夜は大雪になるかもしれない。

2011020039.jpg


2011020040.jpg 2011020041.jpg


2011020043.jpg


2011020042.jpg
posted by 里実福太朗 at 22:45| 里のつれづれ

恋は寒さを吹き飛ばす

雪景色を撮っていると、聞き覚えのあるネコの鳴き声が聞こえてきた。声の主は、二・三日前に庭で灰色ネコと一緒にいた茶色ネコだった。哀れな声を響かせながら、降る雪の中を独りぼっちで歩きまわっていた。

2011020036.jpg

2011020038.jpg

posted by 里実福太朗 at 21:48| 里のつれづれ

雪の日

雪が降った。しかしまだあまり積もっていない。

2011020033.jpg


2011020034.jpg
posted by 里実福太朗 at 16:07| 里のつれづれ

2011年02月10日

京橋のフィルムセンターにて

フランス語講座の1年目のカリキュラムが修了したのは去年の12月、それ以来復習しておかなければ…とは思いつつも思うにまかせず、4月から始まる2年目の講座の申込期限がだんだん迫ってきて、焦る気持ちは追い払っても追い払ってもつきまとってくるようになってきた。

そういう気持ちを立て直すためには、フランス語に直に触れて、その習得がほとんどできていないことを、自分自身に思い知らせなければダメなのだと思い至り、そのためのお手軽な方法はなんだろう、とない知恵を絞った結果得られた答えは、フランス映画を見ることだった。

折りしも京橋のフィルムセンターでは、「現代フランス映画の肖像」と題された企画が進行中で、現代フランス映画を観るには願ってもない機会だった。

■現代フランス映画の肖像
−ユニフランス寄贈フィルム・コレクションより

場所
…東京国立近代美術館フィルムセンター
 小ホール(地下1階、定員151名)
期間
…2011年1月7日〜2月27日
…日本で未公開のフランス映画54作品が、休室日の土・日を除く毎日、3作品ずつ上映される。

昨日は、2004年制作の「アレックス」という映画を観てきた。午後1時から上映開始、11時前に家を出ても京橋に着くと12時半をまわってしまう。お店に入ってお昼を食べる時間はないから、近くのコンビニでおにぎりとお茶を求めてロビーで食べることになる。

ホール内では飲食禁止だから、ホールでお茶を飲んだり、お弁当を食べている人は案外いる。空いている席をかろうじて見つけ、空腹を満たし始めれば、隣の方から何やら話し声が聞こえてきた。

見ればかなりのご老体、話し相手の男に、どこにも行くところがないから、毎日のように映画を見に来ているとこぼしている。この間などは、ある場面まできて、前に一度観た映画であることをやっと思い出したといったようなことを、白い無精ヒゲを撫でながら自嘲気味に話していた。

「ホール内でも、飲食していいことにならないかね。上映前はいいんじゃないの、上映前は、上映中はダメでいいから」
「そうですよね、上映前ならね」
「こないだなんか、ビックリしちゃったよ。ペットボトルを口に近づけただけで、警備員が飛んできて大騒ぎになっちゃってさ。誰かが警備員にご注進におよんだんだろうな。警備員もヒマなんだろう、すぐ来たよ」
「上映前にお茶ぐらい飲んだって、誰の迷惑にはならないですよね」
「そうなんだよ、頭が固いんだよ」
「そう思いますよ」
「いつだったかな、上映中にイビキをかいているヤツがいたんだよ」
「その方が…」
「よっぽど警備員を呼んでこようかと思ったよ」

観客席には年寄りの姿が多かったが、若者姿も見受けられた。フランス文学でも専攻しているのだろうか。フランス人と思しき人の姿もあった。映画の内容はいまひとつ良く分からない点はあったが、夫と分かれた女性が、さまざまな辛苦をなめながら自立していく姿を描いた作品、たぶんこういう内容だったのだろう。

なお、当初の目的は達せられた。以前よりは増して、復習しておかなければならないと思うようにはなった。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ

2011年02月09日

現場監督は西郷さん

現在上野公園前では、西郷会館(仮称)の改築工事が行われている。工事現場を上から眺め下ろすように、西郷さんの銅像が半分ほど姿を現していて、現場の監督をしているようにも見える。

2011020029.jpg


2011020030.jpg


西郷さんの銅像の周囲は、こんなふうに白い工事用フェンスで囲まれている。東に目を転じると、遙か彼方に東京スカイツリーの先端部分が見える。

2011020031.jpg


posted by 里実福太朗 at 23:55| 里のつれづれ

銀座四丁目

銀座四丁目を上から眺めてみた。

2011020028.jpg


2011020032.jpg

 


posted by 里実福太朗 at 23:40| 里のつれづれ

2011年02月08日

「横山松三郎」企画展

140年前の江戸城を撮った男―横山松三郎展

2011020006.jpg

江戸東京博物館常設展示室5階 第二企画展示室


横山松三郎
…1838年(天保9年)〜1884年(明治17年)
…千島列島の択捉島で生まれる。のちに上野池之端で写真館「通天樓」を開く。
…明治4年、荒廃した旧江戸城を撮影する。

〔展示構成〕
第一章 写真術開眼
第二章 時代を写す
第三章 写実の探求
第四章 表現の可能性を求めて
(出典:企画展パンフレット)

2011020010.jpg


なおこの企画展は、前期と後期に分かれていて、展示作品が多少異なる。
前期:〜2月13日
後期:2月15日〜3月6日
明治4年に撮影された旧江戸城の写真の多くは、前期だけの展示で後期に入ると見ることができなくなる。

posted by 里実福太朗 at 23:32| 里のつれづれ

2011年02月07日

ネコの恋

立春が過ぎれば、俳句の季語も春の部となる。そしてそれに応じるかのように、ネコの鳴き声が庭の方から聞こえてきた。「猫の恋」の季節も始まったようだ。ただ、あのドスをきかせた低くうなるような声ではなく、か細い弱々しげな声だった。

このあたりで見かける猫は、黒猫・灰色猫・茶色猫。さてどんな猫が鳴いているのかと、居間のガラス戸から外を覗いてみるが、声はすれども姿が見えない。そっと戸をすべらせて、顔を半分ほど出して声の聞こえてくる方角に視線を移すと、茶色猫がこちらの様子をうかがうように見ていた。その傍らには、灰色猫が姿勢を正して座っていた。
「そのままチョット待っててね」
と声を掛けて、カメラを取りにいった。しかし戻った時には、猫の姿は消えていた。

しばらくして再びネコの声、今度は最初からカメラを手にして外に出た。声は庭の北側から聞こえてくる。足音を忍ばせて家の影から覗いてみると、灰色ネコが目を大きく見開いて、こちらを見つめていた。

2011020025.jpg


家の周りを一巡りして、反対側から撮影したのが下の写真、二匹とも恵まれた生活を送っていることは、毛並みや体形、そして表情からもうかがわれる。しかしどんなにかわいがられていても、しょせんネコはネコ、こんなふうに飼い主の目を盗んで逢瀬を重ねているのだろう。

2011020026.jpg


2011020027.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:44| 里のつれづれ

こんなところに小辻があった

ネコのむくろを覗き込んだ女の子は、すぐその場を立ち去って行った。きっと家で飼っているネコではなかったのだろう。

昔まだ吉祥寺に住んでいた時、ポンタという名前のネコを飼っていた。そのポンタも、交通事故に遇って命を落とした。道路の真ん中に身を横たえているのを近所の人が見つけ、母親に知らせてくれたそうだ。知らせを受けて遺骸を引き取りに行き、庭の隅に葬ってあげたとあとで聞いた。

そんなことを思い出しながら、歩を進めていくと思いがけないことに小辻を発見した。その小辻は、周囲が宅地化された中、ポツンと残された畑の角地にあった。井野原と呼ばれたこのあたり一帯には、畑地が広がっていたのだろう。残されたその一角だけが、往時の姿を思い浮かべるよすがとなっている。

2011020024.jpg 2011020023.jpg


ここの「辻」はヘビの形をしていなかった。それでも「辻」であることには違いはない。辻切りという習俗は、この地区だけに残っているものではなく、たとえば市川市にも残っているが、市川のものはヘビの形はしていない。全国的にはむしろその方が多いそうで、むしろヘビの形にする佐倉の「辻」の方が、全国的に稀なことだと言った方がいいかもしれない。

2011020022.jpg


posted by 里実福太朗 at 18:18| 里のつれづれ

2011年02月06日

井野原2組の辻切り

成田街道から少し北に入り道が大きくカーブするところに、井野原2組の大辻があった。カーブしている上に交通量が多くて、撮影には車に十分注意しなければならなかった。確認できた大辻は、これで6体目になった。

2011020015.jpg 2011020016.jpg


2011020017.jpg


2011020018.jpg


2011020020.jpg


この道を2〜3分歩いたところで、ネコが道の真ん中あたりに倒れていた。どうやら車にひかれたらしい。学校帰りの小学生が通りかかり、わざわざ近づいて覗き込んだ。よくそんなことができるなァと感心したが、その女の子の家ではネコを飼っていて、自分の家のネコかどうか確認していたのかもしれない。

2011020021.jpg
posted by 里実福太朗 at 23:49| 里のつれづれ

河津桜は0.1分咲き

市営図書館近くの広場には、河津桜が植えられていて、毎年ソメイヨシノより少し濃い目の花をつける。今年は冷え込む日が多かったせいか、まだ0.1分咲き程度だった。

2011020011.jpg


2011020014.jpg 2011020013.jpg


2011020012.jpg
posted by 里実福太朗 at 18:04| 里のつれづれ

2011年02月04日

浪花家本店のたい焼

江戸東京博物館の東側入口から少し歩いたところに、たい焼き屋「浪花家本店 」がある。引き戸を開けると、頑固そうな親爺さんがこちらに顔を向けていた。そのまま押し黙って座り続け、何をしているのだろうといぶかしく思ったが、しばらくしてからやはり無言のまま動き始めた。

2011020009.jpg


尾頭付きタイは、一尾150円なり(店内で食べる場合は、2尾以上の購入との注意書きあり)。4尾買い求めて、家にて食す。大宰府天満宮の参道で売られている梅ヶ枝餅は、焼きたてをその場で食べると一番おいしくいただけるが、それと同じで、焼きたてを店内で食べればいっそうおいしかったのかもしれない。

2011020008.jpg
posted by 里実福太朗 at 15:04| 里のつれづれ

おいてけぼり

おいてけぼり(友だちなどを置き去りにすること)の語源は、本所七不思議の一つ「置いてけ掘」の話。その掘割は、御竹蔵周辺のもの、あるいは錦糸掘ともいわれている。

2011020004.jpg
江戸東京博物館近くにて

posted by 里実福太朗 at 14:09| 里のつれづれ

2011年02月01日

宅内地デジ化に踏み出す

テレビの画面の右上に、「アナログ」と表示されるようになってから久しい。近ごろでは、地デジ放送に対応した機器を設置しないとこういうことになるんだぞ、という警告なのだろうか、ザーという音と共に映像を消してしまうデモンストレーションも行われるようになった。そんな時は、いくらなんでもやり過ぎだろう、といまいましく思うのだった。

とはいうものの、アナログ放送の終了日はもうそこまで迫ってきている。本気で対策を考えなければならない時期になってしまったのだ。少しばかり焦りだしたそんな時、ケーブルテレビ会社から文書で連絡があった。現在住んでいる地域は電波状態が悪く、そのため仕方なくそのケーブルテレビの再送信サービスを利用していたのだった。

提示された地デジ視聴のための方法は、以下の通りだった。
1.全面地デジ化の8月以降も再送信サービスを継続する
2.8月以降は契約を解除して、それまでに地デジ放送を受信する環境を個人的に準備する

2の場合は、アンテナの設置をしなければならない。ケーブルテレビに加入するまでは、屋根にアンテナを立てていた。ただ、台風の時に倒れてしまうこともあって、それを思うと気が進まない。室内用のアンテナもあるようだが、問題なく受信できるかどうかを確かめるためには、購入して試してみなければならない。役に立たない場合も可能性としてはあるので、購入資金が無駄になるかもしれないことを覚悟しておかなければならない。

無難なのは、やはり1を選択しておくことなんだろう。毎月、再送信料がかかることになり、何年かのうちにアンテナ設置費用を超えてしまうことになりそうだが、とりあえず応急処置として再送信サービスを利用することにして、担当者から説明を聞くことにした。

ケーブルテレビの送信方式には、以下の二通りの方法があるそうだ。
A.パススルー方式
B.トランスモジュレーション方式

アナログ放送の再送信の契約をしているケーブルテレビは、Aのパススルー方式だった。パススルー方式とは、ケーブルテレビで受信した電波をそのまま送信する方式のことで、その場合は次の方法で視聴できる。

A1.地上デジタルチューナー内蔵テレビ
A2.地上アナログテレビ+地上デジタルチューナー

アナログテレビを廃棄してしまうのはもったいないことだし、費用のことも考え合わせると結論はおのずと導かれてしまう。

地上ディジタル放送を配信してもらうためには、そのための契約をあらためてケーブルテレビと結ばなければならないのだろうと思っていたが、そうではなかった。ケーブルテレビでは、すでにアナログだけではなくディジタルでも配信しているということだから、アナログ放送が終了する7月までは、現在の契約のままでも、地上デジタルチューナーを準備すれば、すぐに地デジ放送を視聴できるのだ。

そこで価格コムで地デジチューナーの売れすぎランキングを確認してみた。

売れ筋ランキング1位:バッファロー DTV-S110

最安価格は3930円だった。そして、最寄りのヤマダ電機に車を走らせた。バッファローのDTV-S110は、20台ほどが売り場に積まれていた。平常価格は5000円弱、しかし折よく期間限定の割引中で、3980円で販売していた。とりあえず一台を即決で購入した。

2011010075.jpg

まず居間のテレビから地デジ化に挑戦、アナログ録画機がつながっていたので、すこし面倒だったが、とにもかくにも地デジ放送を受信できるようになった。まだアナログ録画機の問題が残っているけれど、とにもかくにも我が家も地デジ化へと一歩踏み出したのだった。

posted by 里実福太朗 at 23:55| 里のつれづれ

今日から2月

今日から2月、冷え込みのきびしかった昨日までに比べると、いくぶん寒さがゆるんだ感じがする。

2011020001.jpg 2011020002.jpg


まるまると太ったクロ猫が、通りを横切っていった。

2011020003.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 15:27| 里のつれづれ

2011年01月31日

LIGHTROOM3

デジカメで撮影した画像は、近ごろではもっぱらRAW形式で保存してから現像処理している。その際重宝しているのが、写真処理・管理ソフトの「ADOBE PHOTOSHOP LIGHTROOM」だ。今まではバージョン2を使っていたが、最近バージョン3にアップグレードした。

一般にRAW形式の画像は、画像処理ソフトで現像しないとパソコンの画面で見ることができない。撮影した枚数が多いと、現像するだけでかなりの時間がかかってしまう、RAWで保存する利点は分かっていても、それを思うとRAW形式で保存するのはどうしても躊躇してしまう。

ところが「LIGHTROOM」を使い始めてから、RAWで保存することが全く苦にならなくなった。撮影した画像を「LIGHTROOM」に取りこむと、自動的にプレビュー画像を生成してくれるのだ。この機能が、画像を一枚一枚現像して確かめる手間を省いてくれる。あとはそのプレビュー画像を見て写真を選び、現像処理をしてからjpg形式やtiff形式で保存しておけばよいのだ。元のRAW画像は、劣化することなく、撮影されたときの状態のままで残る。ということで、今では手放せないソフトの一つになった。

ただ未熟な写真を、そこまでして保存しておく必要性があるのだろうかと問われると、答えの言葉を失ってしまう。まァそこを突き詰めていくと気持ちが萎えてしまいますので、気休めのためにしているのだということにしておきましょう。

2011010074.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:37| 里のつれづれ

2011年01月29日

CFカード海外パッケージ

サンディスク社製の400倍速(60MB/s)コンパクトフラッシュカードは、 例えばヨドバシでは8GBタイプで1万円を超えてしまう。他のネット通販でも同じような価格で販売されている。

ところが海外パッケージ製品だと半額程度になってしまう。海外パッケージは、海外で販売されている製品のことで、それが輸入されて日本で販売されているのだ。例えばアマゾンでそれを注文すると、現在のところ4780円で購入できる。円高効果ということもあるのだろうが、驚きの価格だ。海外用の製品であっても、日本での使用には全く問題はない。

2011010073.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:52| 里のつれづれ

2011年01月26日

「辻切りの里」を歩く

「大辻」は地区内の8箇所で、木に巻き付いて鎌首をもたげながら、邪悪な侵入者に目を光らせている。その「大辻」たちを見るために、昨日に引き続き井野の里を訪れた。

今までにも、「大辻」を探し求めて井野の里を歩き回ったことはあった。ただその時見たのは、雨風に打たれてくたびれた姿をさらしている「大辻」だった。付け替えられてまだ生き生きとした姿をとどめているうちに、確かめておきたいと思ってのことだった。

〔井野原1組〕
2011010055.jpg


谷津田に沿って歩く。振り返ると、ユーカリが丘のマンション群が、西に傾いた陽を浴びてそびえ立っていた。

2011010056.jpg


〔2番組〕
2011010057.jpg


谷津田では、農作業が始められていた。昨秋の稲の刈り入れから眠り続けて年を越した田に、耕作機械のツメが黒く太い線を描きながら耕していく。折りしも、谷津田の東側をモノレール「ボナ」がゆっくりと走って行った。今めかしい乗り物と田園風景との対比がおもしろい。

2011010068.jpg 2011010058.jpg


〔1番組(2)〕
2011010059.jpg


谷津田から集落に続く坂道を上ると、梅の花の香りが鼻をつく。今年の冬は、例年に比べて冷え込む日が多いが、日当たりの良い場所では、春の訪れを感じさせる花が、一足早くほころび始めている。

2011010060.jpg 2011010063.jpg


 2011010061.jpg


通りに面した家の垣根に、「小辻」の姿が見えた。昨日「辻」作りを見学した場所で作られたものなのだろう。

2011010062.jpg


昨日は、ワラ打ちから始まり、完成した「大辻」を木にかけるまでの一部始終を見学させていただいた。それが掛けられている場所は、昼でも小暗い坂道、現在の8箇所の中では、一番重い役割を課せられている「大辻」なのだ。

〔3番組〕
2011010067.jpg


陽もだいぶ西に傾いてきた。子どもたちに帰宅を促す曲が、どこからか流れてきた。すべての「大辻」を見ることは、もう難しい時刻になってしまった。残りの三体はまたの日ということにして、今日のところは5体目の「大辻」を見て帰途に着くことにしよう。

〔5番組〕
2011010069.jpg


2011010071.jpg

  
posted by 里実福太朗 at 23:40| 里のつれづれ

2011年01月25日

辻切り

佐倉市の井野地区では、「辻切り」という古くから伝わる習俗が、現在でも行われている。「辻」という言葉は、一般的には十字路あるいは人の行き来する道といった意味で使われるが、地元の人によれば、「辻」とはワラで作った蛇のことも指しているらしい。

ワラで作られた「辻」は、地区に通じる辻のかたわらの木に掛けたり(大辻)、家の門の近くに掛ける(小辻)。邪悪なものの侵入を防いでくれることを願い、加えて五穀豊穣を祈願するための伝統的な行事なのだ。

毎年1月25日、持ち回りの年当番の人たちが、地区の各所に集まり、ワラで大小の「辻」を作る。そして新しく作られた「辻」は、それまでの一年間、地区の暮らしを守ってきてくれた古い「辻」と取り替えられる。

お疲れさまでした
2011010053.jpg


一年間よろしくお願いします
2011010054.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:40| 里のつれづれ

2011年01月24日

カメラ・オブスキュラ

カメラ・オブキュラ/オブスクラ(camera obscura、camerae obscurae)とは、ラテン語で「暗い部屋」(カメラ…部屋、オブキュラ/オブスクラ…暗い)という意味らしい。現在のカメラの出発点となった原始的な装置で、原理はピンホールカメラと同じそうだ。

そのカメラ・オブキュラの大きな模型が、佐倉市立美術館の玄関ホールに設置されている。大人が二人入っても、まだ十分な空きスペースが残るほどの大きな箱なのだ。

2011010052.jpg


美術館に行ったついでに、実際に入って体験してみた。真っ暗な箱の中に入り次第に目がなれてくると、ピンホールを通って外の光景が上下逆さまの像となって目の前にぼんやりと浮かんできた。



posted by 里実福太朗 at 23:40| 里のつれづれ

2011年01月21日

神楽坂出窓物語

開演は午後7時、アユミギャラリー内にはイスが所狭しと並べられ、満員の盛況ぶりだった。振る舞われた温かい生姜酒は、スッキリとした飲み口で、冷えた体を温めてくれた。以下、配られたパンフレットに従って、朗読劇「神楽坂出窓物語〔大寒篇〕」を紹介させていただくことにする。

作・演出/北河原梓
朗読/奈佐健臣、鈴木喜一
アコルデオン/高橋さとみ

このあと物語のあらすじの紹介へと続いていくのが順当なところだか、ここでは登場人物をただ列挙するだけにとどめておくことにする。その方が、人それぞれ自由に物語の世界を思い描くことができることだろう。

【登場人物】
主:本屋アユミ堂の店主
僕:本屋アユミ堂の現在の旅人職員
青年RG:神楽坂に住み、おでんを食べ、ギンコさんに恋する大学生
ギンコさん:おでん屋サカイの看板娘
スマコさん:おでん屋サカイの女店主

ちょうど鈴木喜一さんの水彩画展が開かれていて、ぐるりの壁には、モロッコ・ラオス・ベトナムなどで描かれた水彩画が数多く架けられていた。それらの絵と、高橋さとみさんが奏でるアコルデオンの音色とがあいまって、神楽坂を舞台にした物語であるのに、まるで異国の地の物語であるかのような気分に誘ってくれる。

2011010051.jpg


冒頭、「主」がアコルデオンの伴奏でうたう場面がある。そのうたは「大寒町」、少しかすれた声で、そしてすこし頼りなげに歌う。そこがなかなか味わい深い。

「You TUBE」に、あがた森魚さんの歌う「大寒町」がのっている。




俳優の奈佐健臣さんの語りは、聴衆を徐々に物語の世界へと引きずり込み、そして聞き入っている人たちは、いつしか一人芝居の観客となっていた。奈佐健臣さんは、近く関東でも公開される映画「青い青い空」にも出演している。

〔公開スケジュール〕
お台場シネマメディアージュ:3月5日(土)〜
TOHOシネマズ流山おおたかの森:4月9日(土)〜

詳しくは「青い青い空」公式HP
http://www.shodogirls.jp/top.html
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里のつれづれ

2011年01月06日

ウィキペディアの重要性

ウィキペディアがジミー・ウェールズ氏によって創設されてから、今年で10年になるそうだ。そのことに関して氏の感謝の言葉が、ウィキペディアに掲載されている。

ウィキペディア創設者ジミー・ウェールズよりの感謝の言葉

ウィキペディアの運営資金が寄付金に依存していることは周知のことだが、その「感謝の言葉」によると、今年の寄付金は過去最高額を記録して、1600万ドルを調達できたということだ。また、寄付金に関する統計情報も紹介されているので、それを引用しておく。

*ウィキメディア財団への寄付の件数、50万件以上
*ウィキメディア地域別協会への寄付の件数、およそ13万件
*ウィキペディアができてからこれまでの一日あたりの寄付金額1位と2位の更新
*平均寄付金額、およそ22ドル

平均の寄付金額よりは少しばかり多い程度であるけれど、実は私の寄付金もその中に含まれているはずである。今までウィキペディアに寄付したことはなかったのだが、ある危機感から寄付しようと思い立ったのだった。今回特に多くの寄付金が集まったということは、ネット上で提供される情報が、特定の企業によって独占されることになるかもしれない、という危機感を持った人が多かったからなのかもしれない。

ある事柄に関してる調べようとする場合、一番手軽な方法は検索サイトを訪問して、検索窓にキーワードを入力して検索ボタンをクリックすることである。そうすれば、たちどころに情報の在りかをリストアップして示してくれる。事柄の種類によっては、ウィキペディアの該当ページが、検索リストのトップあるいは上位に表示されることもある。

去年のこと、ある人物について調べるため、まずある検索エンジンを利用してみた。ところがヒットしない。そこでもう一つの検索エンジンで検索してみると、ウィキペディアの該当ページがヒットした。ウィキペディアにはその人物に関する情報が掲載されているのに、最初に使った検索エンジンでは見つけることができなかった。なぜだろうか、そんな疑問を抱きながら何日かが過ぎた。

数日後、その人物についてもう少し確認したいことがあったので、再度検索してみた。まず最初の検索エンジンで、以前検索した時はまだデーターベスに登録されていなかったのかもしれない、そんなふうに思いつつ検索してみたがやはりヒットしなかった。そして、二番目の検索エンジンを使ってみたところ、以前はヒットしたのに、今回はヒットしなくなっていたのだ。

念のためウィキペディア内で検索してみたところ、当然のことながらヒットした。その人物の情報は、実際にはネット上に存在するのだ。しかし、検索エンジンで探しても見つからない情報というものは、その情報自体がネット上にないに等しいと思い込んでいる人にとっては、その人物に関する情報は、もうネットの世界には存在しないことになってしまう。世の中には、そう受け取ってしまう人も多いのではないだろうか。

ここからは推測になる。一般的に検索サイトの運営資金の多くは、広告収入によるものだと聞く。資金基盤がスポンサーに依存するものであれば、スポンサーの意向を無視できない場合もあるだろう。それが検索結果に影響を与える、ということも考えられる。ウィキペディアに登録されている情報が、スポンサーにとって都合の悪い情報であった場合どうなるのか、検索リストからはずされてしまうことだって可能性としてはある。

ウィキペディアの重要性を再認識したのは、こういうことがあったからだった。寄付金によって運営されていれば、外部のなんらかの影響力によって、情報が操作されてしまうというおそれもない。今後、特定の企業による情報の寡占化が進んで行けば、ますますウィキペディアのような存在の重要性が増していくことだろう。
 
posted by 里実福太朗 at 23:46| 里のつれづれ

2010年12月17日

ゴッホと広重を結ぶ「線」

ゴッホ展の副題は「こうして私はゴッホになった」というもの、ここでいう「ゴッホ」とは、言うまでもないことだが、誰が見てもこれはゴッホの絵だと分かるような絵を描いたゴッホを指している。そういう絵が描けるようになるまでには、さまざまな流波の影響を受け、さまざまな画家の模倣をして、さらに遙か遠く離れた日本の浮世絵の配色と構図を取り入れたりして、1888年2月に移り住んだ南仏アルルで「ゴッホ」になった。

今回のゴッホ展では、そういう副題の意味するところに沿って、ゴッホを「ゴッホ」たらしめることにあずかった他の画家たちの絵も一緒に展示されていた。ただその意図は分かるにせよ、印象が薄められてしまって、残念ながらいまひとつ物足りなさを感じさせる展覧会であったことは否めない。

ゴッホを「ゴッホ」たらしめたアルル時代の代表作が少なかったことが、そんな印象を感じた要因だったのだろう。「ひまわり」がない、「糸杉」がない、「はね橋」がない、「夜のカフェ・テラス」・「ローヌ川の星月夜」もなかった。クライマックスのないドラマを見ているような感じだった。

全体的な印象はそういうことだったが、まったく得るところが無かったわけではない。「灰色のフェルト帽の自画像」は観ることができたし、おまけに、ガチャガチャでその絵のミニチュアを手に入れることができたのだから、それを以てよしとしておくことにしよう。

手元に、「広重名所江戸百景」という望月義也氏の浮世絵コレクションをまとめた本がある。以前、アートガレー神楽坂で、「歌川広重 名所江戸百景展」が開催された際に購入した。その本の後の方に、画家・岩本拓郎という方の、「ゴッホと『名所江戸百景』」という文章が載っている。浮世絵の中でも、特に広重のいわゆる「江戸百」にしぼって、ゴッホとの関係について考察したものだ。

その中の一節「浮世絵とゴッホそして“線”について」では、浮世絵の特徴である線を用いた描写について以下のように述べている。

『元来、浮世絵には当時の西洋絵画にはない“線”というものが大きな特徴としてあった。ところで“線”とはきわめて抽象的なもので、現実には存在しない。……抽象、つまり現実に存在する世界の描写再現から離れ、絵でしか現せない世界を描き出し、生み出していくことが抽象だとしたら、ゴッホこそそこに向かって一歩を踏み出した最初の人といってもよいだろう。』

そして岩本拓郎氏は、線で描かれた例として、広重の「大はしあたけの夕立」の雨をあげている。

「大はしあたけの夕立」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hiroshige_Atake_sous_une_averse_soudaine.jpg

氏によれば、ゴッホはさらに実態のない光までも“線”によって描いていった。例えば「星月夜」や「糸杉」のシリーズのように。そういう視点で観ると、ゴッホの絵には確かに線が多用されていることに気づく。

「灰色のフェルト帽の自画像」も、その例外ではない。その絵はアルル時代より前の1887年に描かれているが、無数の線が顔を覆い尽くし、それだけではなく、線が円を描いて顔をとり巻いている念の入れようなのだ。ゴッホのこの自画像は、一目見ただけで強烈な印象が焼き付けられ、どうして顔を線で描いているのだろうと疑問がわき起こる。その疑問を解くカギが、実は広重の「大はしあたけの夕立」にあるということなのだった。

「灰色のフェルト帽の自画像」
http://www.cinra.net/news/viewer.php?eid=7879&id=0

posted by 里実福太朗 at 23:00| 里のつれづれ