2013年06月02日

カエデが消えてから

自由人によるとカエデがいなくなったのは10日ほど前のことだったそうだ。その話をネコサポータの年配の女性にしたところ、その後の二日間、カエデはエサを食べに来ていたという。ショルダーバッグから手帳を取り出して、
「金曜日のところに、『カエデが来なかった』と書いてあるから、間違いないわよ」
と確認してくれた。

その人は毎日エサやりに来ているから、その情報の信憑性は高い。高いというよりは、そちらの方が正しいといった方がいいだろう。ということは、自由人はカエデのいなくなった日を正確に把握していなかったということになる。毎朝エサをやっていると言っていたが、それもどうやら怪しくなってきた。

カエデのことはもう諦めた方がいいのだろう。猫は死期が迫ると、自らそれを自覚して姿を消すという話はよく耳にする。ネコ公園のどこかを死に場所と定め、そこで最期の時を迎えたのだろうか。

長いことエサやりを続けている男性のネコサポーターに聞いたことだが、その人は園内で猫の亡骸を何回も見たことがあるそうだ。ある亡骸は、カラスにつつかれ無残な姿になっていたという。実際のところは、死に場所を求めて行く余裕などはない状態で命が尽きてしまうのかもしれない。

カエデとチャコはいつも一緒にいた。二匹とも人間に心を許すことなく、いつもビルの敷地内に設置されている室外機の上に並んで座っていた。公園とは柵で仕切られているその場所は、人間が侵入して来ない安全な場所なのだ。しかし今その場所には、チャコの姿だけしか見ることができない。

130222~20130222-_A220338-a.jpg


130531~20130531-_A310362-a.jpg


エサをもらう時も、人間のそばで食べるということはしなかった。エサの近くに人間がいると、決して近寄ってこなかった。それが分かっているネコサポーターは、エサを置くとその場から離れて行った。しばらくすると、辺りをうかがいながらソロリソロリとエサに近寄って来るのだった。

カエデがいなくなってから何日かが経ったある日の夕方、「ニャー」という鳴き声が聞こえた。見ると、珍しいことにチャコが2メートルぐらいの所まで近寄って来ていた。「チャコ」と呼ぶと、また「ニャー」と鳴いた。エサをほしがっているのだろうと思い、持っていってあげると少し遠ざかったが、今までのように遠くに逃げてしまうことはなかった。エサを置いてその場を離れると、すぐ戻ってきてエサを食べ始めた。

130529~20130529-_A290222-a.jpg


130529~20130529-_A290225-a.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年06月01日

岩合光昭写真展「ねこ歩き」

今、日本橋の三越で、岩合光昭写真展「ねこ歩き」が開催されている。岩合さんの写真展には、今までに何回か行ったことがあるが、いつでも入場者が多く混雑していた。平日に出かけたのだが、やはり今回も混雑していた。

会場を出てから写真集「ねこ歩き」を買い求めたところ、サイン会の整理券を渡してくれた。訊けばサイン会は、ギャラリートークが終わってから行われるという。まだ1時間以上ある。昼食はまだだったので、三越を出て少し歩いたところの裏通りの店でカレーを食してから、早めに7階の会場に戻った。ギャラリートークが終われば、それを聴いていた人たちがなだれうって出てきて行列を作るに違いないと予想して、それが終わる前にサイン会の準備の進み具合を確かめたかったのだ。

ギャラリートークは3時から始まり、30分ほどで終わる予定となっていた。会場に戻ったのは3時10分頃、すでに準備は整えられ、6人ほどが並んでいた。会場内からは岩合さんの声が聞こえて来た。その声が絶えると、かわって人のざわめきが次第に大きくなり、それとともに出口からぞろぞろと人が出てきた。そしてあっという間に、長い行列ができたのだった。やはりギャラリートークが終わる前に並ぶのが正解だったのだ。

私の前に並んでいた人は、「ねこ歩き」を5冊と犬の写真集を二冊、合計7冊を抱えていた。岩合さんは一冊ごとにネコのスタンプを押し(犬の写真集の場合は、その場で犬のイラストを描いていた)、その下に実に丁寧にサインを書き、そして握手した。先着100名となっていたが、行列はそれを超えているように見えた。そんなペースでは、いったいどのくらいの時間が掛かるのだろうか。

130531~20130531-_0020082-a.jpg


130601~20130601-_0020095-a.jpg

 
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年05月30日

消えたカエデ

自由人によれば、先週の水曜日からカエデの姿が見えなくなったそうだ。私がその前日に訪れた時には、エサをもらっているカエデの姿があった。それから一週間もの間姿を現さなかったという。突然いなくなって、何日か後にヒョッコリ姿を現すということもあるそうだから、今後姿を現す可能性はまったくないとはいえないが、自由人は死に場所を求めて出て行ったのではないかと言う。私も、そうなのかもしれないと思っている。

120203~_2035635-a.jpg


クロちゃんに比べれば、カエデは極めて小食だ。クロのお腹がいつもふくれているのに対して、カエデは食事の後でもほとんど変化がない。その時も、短い時間で食事を終えてすぐ去っていった。その時の後ろ姿が妙に印象に残ったのを覚えている。

〔先週のカエデ〕
130521~20130521-_A210014-a.jpg


以前からカエデは、右の後ろ足を少し引きずるようにして歩いていた。いつ頃からそんな歩き方をするようになったのかは分からない。私が初めてカエデを見た時には、すでにそんな歩き方をしていた。カエデを最後に見た時も、右後ろ足を引きずっていたが、少し気になることがあった。いつもより大きく引きずっているように見えたのだ。ただその時は、あまり気にとめなかった。今思えば…まだカエデが死んでしまったと断定はできないが、かなり具合が悪くなっていたのかもしれない。

posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年05月27日

城址公園の猫

アオバズクの姿は確認できなかったが、公園内および周辺で3匹の猫と出会った。

130526~20130526-_A260124-a.jpg


130526~20130526-_A260139-a.jpg  130526~20130526-_A260140-a.jpg


そのうちの一匹の猫は見覚えがあった。三番目の写真の猫だ。顔の模様に特徴があるので記憶に残っていたが、その猫を撮ったのが何年くらい前のことだったのか、その記憶が薄れている。そこで今までに撮った猫写真をさかのぼって確かめてみたところ、4年ほど前にその猫を撮っていた。ノラネコは一般的に寿命が短いと聞くが、よくぞ生き延びていたものだ。

090419~P4190469-a.jpg


090419~P4190473-a.jpg 090419~P4190474-a.jpg


090505~20090165-b-a.jpg


その当時と外見上に違いはあまり認められなかったが、ある点で大きな変化があった。息をするたびにヒュウヒュウゼーゼーという音が漏れてくるのだ。あのネコ公園にも、同じように哀れさを誘う黒猫がいる。その音を聞くと、いつも石川啄木の次の一首が思い出されてきて、なおいっそう哀れさがつのるのだった。

 呼吸(いき)すれば、
 胸の中にて鳴なる音あり。
  凩(こがらし)よりもさびしきその音!
            (里実文庫より)

4年前に写真を撮らせてくれたことなど覚えているはずもなく、近づくと逃げ出すほどではなかったが、背を向けて遠ざかって行ってしまった。そこでバッグからカリカリの入ったタッパーを取り出し、カタカタと音がするほど振ってみたところ、現金なもので脇目も振らずに戻ってきた。

130526~20130526-_A260148-a.jpg


130526~20130526-_A260151-a.jpg


130526~20130526-_A260153-a.jpg


城址公園には、飼い主のいない猫が何匹か生息しているようで、今までにも何度かホームレス猫を見たことがある。またそういう猫たちの面倒をみている人たちもいるようだ。佐倉市のノラネコ対策はどうなっているのだろうか。園内の樹木には、エサやりマナーに関するこんな注意書きが貼ってあった。

130526~20130526-_A260157-a.jpg
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年05月26日

そろそろアオバズクが渡ってくる季節

日に日に木々の緑が深くなってゆく。もう五月も末なのだから当たり前な季節の変化なのだが、今年は激しい寒暖の差が繰り返されたことが、季節の移り変わりに混乱をもたらして、その当たり前な変化をあまり感じることもなくここまで来てしまった。

青葉の季節になれば、南の国からフクロウの仲間のアオバズクが渡ってくる。それは毎年繰り返されてきた。彼らが暮らす南の国ではどうだったのだろうか。この国の例年とは違う季節の変化に惑わされることなく、いつも通り海を渡って来るのだろうか。

昨年、長年の願いが叶ってアオバズクを見ることができたのは、7月1日のことだった。ただその時は、すでに親鳥が抱卵している時期だった。だからそれ以前に日本に来ていることになるのだが、それはいつ頃のことなのだろうか。

疑問は次から次へとわいてくる。相手は彼の国で見つけ、夫婦そろって飛び立って来るのだろうか、それともこの国で相手を見つけるのだろうか。いったいどのくらいの日数をかけて日本に渡ってくるのだろうか。今ごろはもう海の上を飛んでいるのだろうか、それともすでに日本に来ているのだろうか。

まだ時期としては早いと思ったが、去年アオバズクが巣として利用した樹胴のある木を訪れてみた。アオバズクは専ら母鳥が卵を温めるという。その間オスはエサを運んだり、近くの枝で見張りをしている。アオバズクの姿を見ることができるのは、そういう時なのだ。しかし去年その姿があった枝に、鳥の影を見ることはなかった。

130526~20130526-_A260123-a.jpg


posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年05月23日

井口・西岡選手のTシャツ

昨夜の試合は5時間にも及んだが結局引き分け、そうなると今日の試合はホームのマリーンズの方が有利だろうとふんでいたが、あにはからんやタイガースが7対1で勝利をおさめた。それにしてもマートンは憎たらしいほどよく打つ。西岡も、古巣のマリーンズ相手によく打つもんだ。

阪神の選手は、球場にはバスを2台連ねて乗り込んできた。禁煙車が1台、そして喫煙車が1台だった。バスから降りてくる選手をタイガースファン出迎えて、さかんに激励していた。なかでも西岡選手への声援が一番多かった。熱狂的な阪神ファンに混じってそんな様子を見物していたその際、うっかりマリーンズの野球帽をかぶっていたのだが、幸いなことに見とがめられることはなかった。

130522~20130522-_A220003-a.jpg


130522~20130522-_A220004-a.jpg  130522~20130522-_A220005-a.jpg


130522~20130522-_A220019-a.jpg


130522~20130522-_A220002-a.jpg  130522~20130522-_A220026-a.jpg


130522~20130522-_A220030-a.jpg


以前アカイヌさんからプレゼントされたマリーンズのTシャツがある。そのTシャツには、井口と西岡の名前が並んで染め抜かれている。アメリカ帰りの西岡が阪神に移籍してしまった今となっては、それを身につけてマリンフィールドで応援することはためらわれるが、もう二人の名前が並んだTシャツが販売されることはないことを思えば、かえって貴重な品となって喜ばしいことなのである。

130522~20130522-_A220071-a.jpg  130522~20130522-_A220075-a.jpg

130522~20130522-_A220078-a.jpg


130522~20130522-_A220119-a.jpg  130522~20130522-_A220118-a.jpg


130522~20130522-_A220107-a.jpg

posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

2013年05月22日

マリーンズ対タイガース

五回終了時までは1対6と点差を広げられていた。しかし今年のマリーンズは粘り強い。6回裏に、井口・今江の連続ホームランなどで4対6とした。その後チャンスは作っても点が入らず、今日はこれまでと見切りをつけて家路についた。

帰宅してからスポーツニュースを見ると、なんと9回裏に井口が2本目のホームランを打ち同点となっていた。そしてそのまま引き分けたのだった。

それにしても、阪神の応援はすごかった。試合も最初は分が悪かったけれど、応援の方も…言いたくはないけれど…終始押され気味だった。

写真は現在現像中。
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗

ゴーヤの花が咲いた

咲くのはまだまだ先のことだろうと思っていたゴーヤの花が、意外にも咲いた。今年は葉の裏側に何かの虫のたまごがたくさん産み付けられていて、その所為なのだろうか、しおれた感じで元気のない葉が目につく。そのうち枯れてしまうかもしれないと心配していた矢先のことだった。

130522~20130522-_0020075-a.jpg


130522~20130522-_0020076-a.jpg


最初に植えたのは4株だったが、欲が出て最終的には7株に増えてしまった。品種の種類は4種類、それぞれまちまちの育ち具合で、成長の早いものは50センチは超えている。そろそろネットを継ぎ足してやらなければならなくなってきた。
posted by 里実福太朗 at 23:00| 里ふくろうの日乗

2013年05月21日

シート張り

SNC00798b.jpg
明日はマリーンフィールドで対阪神戦。今日シート張りをして順番を確保しておけば明日が楽だ。
シート張りは7時から。今、10人ほどが待っている。
posted by 里実福太朗 at 18:49| 里ふくろうの日乗

2013年05月20日

早稲田南町辺りの猫

「肴屋三四郎」が店を構えるのは早稲田榎町、そこからほど近い南町に夏目漱石が転居したのは1907年(明治40年)、40歳の時だった。以後、胃病に悩まされながらも作品を発表し続け、その地で死を迎えた。1916年(大正5年)、漱石49歳の冬のことだった。漱石山房と呼ばれた書斎は、東京大空襲で夏目邸と共に消失の憂き目に遭い、現在その跡地の一部は、漱石公園となっている。ちなみに新宿区は、夏目漱石生誕150周年の平成29年に向けて、そこに「漱石山房」記念館(仮称)を整備する計画を進めているそうだ。

早稲田スコットホールギャラリーへと歩を進め、その早稲田南町あたりにさしかかった時、猫の気配を感じた。気配といってもはっきりしたものではなく、なんとなく猫がいそうだなと感じただけだったが、あたりを見回してみるとすぐ視界の中にネコの姿が入ってきた。

130518~20130518-_A180321-a.jpg


道路の縁に居ずまいを正しているのだが、座っている向きがおかしい。ふつう猫は、顔を道路側に向けて道行く人を眺めていることが多いのに、その猫は住宅側に顔を向けているのだ。変な猫だと思いつつも、写真は撮らせてもらった。初対面の人間に警戒心を抱いて逃げ出すこともせず、わざわざカメラの方に顔を向けてくれた。

130518~20130518-_A180323-a.jpg


130518~20130518-_A180327-a.jpg


そこへ年配の女性がやってきて、
「その子はかわいそうなんですよ」
と、これまた初対面の私に向かって話しかけてきた。
「もともと家の中で飼われていたのに、家を建て替えてからは外に出されてしまってねェ」
その猫の視線は、かつて自分が住み、そして今は綺麗に立て替えられた家に向けられていたのだった。

そこへ、今度は中年の女性がやって来た。
「チビちゃん、ご飯食べる?」
手の上の器には、ネコ用のエサが入っていた。
「お腹すいたでしょ、食べなよ」
と言って、器をその家の玄関先に置いた。てっきりチビの飼い主だろうと思っていたが、どうやらその家の住人ではなかったようだ。家を追い出され路頭に迷うチビに同情して、ボランティアで世話をしている近所の人だったのかもしれない。

130518~20130518-_A180330-a.jpg


130518~20130518-_A180335-a.jpg
posted by 里実福太朗 at 23:50| 里ふくろうの日乗